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維新と復古

明治維新には、近代化の側面と「王政復古の大号令」に見る復古の側面が複雑にからみあっていた。
後者を中心として難しく言えば、「近代化のモメントを利用して、国体などの「伝統」を確立させる」過程が明治時代だったということになる。

そういう難しい話はさておき、なんでもいいからつぎつぎ新しさを出そうという発想は、一定期間内に「元へ戻るという新しさ」を出さざるをえなくなる。マスコミや商売の世界はそうなることが当たり前だし、「恒常的な改革」が自己目的化している国立大学でも、「いちど改変した組織をつぎの改革でもとに戻した」という話はよく聞かれる。

もう一点、最近の世界近代史研究はヨーロッパを含めて、旧体制と断絶しているように見える政権や国家でも、旧支配層の多くは打倒などされていないことを教えている。
そもそも「改革の理想」と「出世やカネの欲望」は両立する。とりわけ声高に叫ぶヤツほど本当は権力や利権が大好きで、裏では取引も辞さない。対立は、利権構造の主導権を旧支配層が握るか新しい層が握るかの対立にすぎない(さもなければ「文化大革命」型の自己破壊に走る)。「純粋に」燃えて行動する若者たちは、利用されて最後に捨てられる。

「従軍慰安婦」や靖国参拝に関する発言を見ても、しょせんは「暗記優等生の答案」で、それ以上の思考力や想像力は見られない。こういう、結局は歴史上のポピュリズムの先例から出られない市長と、その下で国政進出とか騒いでるグループは、「復古」に改名したほうがよさそうだ。



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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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