用語集で気づいたこと(3)

用語・事項のカタカナ表記が思っていた以上に変わっている(原語主義が細かくなっている)。

しかし、再三述べてきたように
1)教科書の著者にすべての言語の専門家が揃うわけではない。

そのうえ、
2)ある外国語ができる(わかる)人が、それを適切なカタカナで表記する方法について必要なスキルや考え方を身につけているとは限らない。
3)それぞれの言語のカタカナ表記の原則が食い違っていても、それをチェックできる編者・編集者がいない。
の2点については、そもそも問題を認識している関係者が少ない。

この状態では、教員・生徒の負担や混乱は深まらざるをえない。
2)の例として、国語教科書や新聞で通常使わない特殊なカタカナの用法があげられる。「マキァヴェリ」(アが小さい)はその例だろう。「ネルウァ」(ローマの五賢帝のひとり。ネルヴァがいやならネルワでなぜいけないか)も同様である。
これは3)の問題にも連なる。「マキァヴェリ」「ネルウァ」のレベルまで細かく表記するなら、「ドストイェフスキー」「ギェーテ」などとやるべきだろう。「ストルイピン」は絶対に絶対に絶対に「ストルィピン」でなければおかしい。

こういうことは専門書ならいいが、教科書でやるのはまずい。だから私は、「ゴー・ディン・ズィエム」と書きたいところを「ゴー・ディン・ジエム」で我慢している。


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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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