「放置自転車」じゃないんだけど

新聞で京都市内の「放置自転車」の記事を見て、京都に住んでいた時代を思いだした。

実際に長期間放置しているものもあるが、適当な駐輪所がないのでやむをえず路上などに一時的に駐輪しているものを「放置自転車」とは見当違いだ。なかには歩道のど真ん中などにひどく迷惑になる置き方をしているヤツがいたが、私はいつも最小限のスペースしかふさがないように注意していた。

京都のバス(や末期の市電)は本数が少ないしダイヤ通りに走らず遅いので、下宿から電車の駅までは当時の私の足で自転車をこげば、半分の時間で行けるのが普通だった。そして自転車は自動車のような場所もとらないし排気ガスも出さない。

今でも状況は根本的には変わっていないはずだ。
なぜこういう状況で自転車が悪く言われなければいけないのか、まったく理解できない。
なぜ走行方法や駐輪のしかたを教育したうえで、民営・有料でいいからベトナムのようにそこらじゅうに駐輪スペースを作らせないのか、どうしても理解できない。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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