世代間の相互理解

昨日の毎日新聞「メディア時評」で安立清史九大教授(共生社会学)が、新聞の「若者論」について論評していた。

通常の記事のパターンは「大人世代から見た一方的な若者批判」だが、若者の内側に入り込んで理解しようとするすぐれた記事も出てきている、しかしそこにとどまるのでなく「若者が大人世代を理解する」(世代を超えた相互理解)に進む足場を作らねばならない、というのが筆者の主張である。歴史教育は、「若者が大人(老人)世代を理解する」ことへの貢献を真剣に目ざすべきだろう(北海道のY先生、六甲学園のO先生などすぐれた実践がたくさんある)。生涯教育の観点からは逆に、シニア世代が現代史の学習を通じて若者世代を理解する手助けなども可能だろう。

安立教授の記事で「なるほど」と思ったのは、大人世代の若者批判について、「「若者」を「外国人」と読み替えたらどうだろう。若者を高飛車に批判する姿勢は、異質な他者を排除し差別する視点につながりかねない」と書かれたくだりである。

人は異質なものにふれた際に、「違和感から非難・排除に走る」パターンを示しがちである。しかし免疫が自分の体を破壊することがあるように、批判と排除ばかりでは社会がもたない。異質なものを見たら「好奇心を感じて交流・研究する」という方向にどうみんなを導くかは、国際理解教育や多文化共生教育だけではなく、社会科教育や言語教育の全体で日常的に取り組まねばならない課題である。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR