国民国家・ジェンダー・宗教

CSCD科目「歴史のデザイン」は、3つの班ごとの発表が終わり、「それをもとに、各班が5回ずつの市民講座企画を作る」という課題に取り組んだ。

実際にどこかですぐに講座を開くというのではなく、「あったらいいな」というアイディアを出してもらう(教員志望者は教職に就いたら応用できるだろう)もので、そんな講座ができる講師が見つかるかどうかは考えなくてよい、としておいた。その結果、中身だけでなく講座の進め方についてもさまざまなアイディアが出て参考になった。

CSCDらしく、各班とも一方的な講義でなく毎回ディスカッションなどを盛り込んだ企画で、そのやり方についても何人で組ませる、ツイッターやスカイプを使って外部とも話し合うなどの案がつぎつぎ出た。

テーマは「国民国家批判」「ジェンダー」「宗教のとらえ直し」という、いずれも「コワイお客さんが殺到する」危険のあるテーマなのだが、逆に言えば現代を生きるうえで重要なテーマばかりであり、そういう問題と正面から取り組もうとする学生たちに拍手したい。

中身でいうと、国民国家と「民族」の問題を取り上げる際には、「人種主義」もあわせて取り上げる必要があるだろう。「民族が客観的・科学的に定義できないこと」はすっかり周知されたが、「人種はできる」という観念は根強い。しかし「ジェンダーは文化的・社会的なものだがセクシュアリティは生物学的・客観的なものだ」という考えが必ずしも正しくないように、「人種」も客観的定義が相対化されてきたこと、人種も相対的なものであるからこそ民族と人種の混同が容易におこりえたことなどを理解する必要があるのだろう。

もう1点、これまでの「近代」教育で宗教が見えにくくされてきた理由として、政教分離原則をあげるのは当然だが、同じことを違う角度から見ると、近代以前には国家あるいは共同体にかかわる公的な事項だった「信仰」が、プライベートな事柄に転換した(だから国家や共同体は個人の「信仰の自由」を犯せない)という、「家族」や「結婚」についておこったのと同じ変化が背景にあることがわかる(それによってジェンダーは見えなくされた)。

こういう相互関連づけまで示せれば、「3つ別々の5回連続講座」を統合して「15回の総合講座」にすることもできそうである。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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