翻訳・通訳の現場

「翻訳・通訳の過程で、何かが抜け落ちてしまうことはある。でも、国の公式な文書が外国語になったら、原文にない文章が続々登場、なんていうのは普通聞かない」

毎日新聞朝刊によると、福島原発に関する国会の事故調査委の報告書で、序文の日本語版と英語版の内容が全然違うのだそうだ。それを論評する記事の書き出しが上の文である。

が、「普通聞かない」のはひょっとすると、日本人が世界を知らない/翻訳・通訳のなんたるかがわかっていないだけじゃないかという気もする。書籍や映画の翻訳で、原題と違ったタイトルが付けられることがよくあるのは、だれでも知っているだろう。国際的な条約や協定でも、それぞれの言語で食い違いが出ることはあるし、日米安保をめぐる国内向け発表などで、日本政府が大事なところをしばしば意図的に「誤訳」してきたような例も、その筋ではよく知られている。今回の例はたぶん違いが極端だったのだろうが、日本国民に「完全な翻訳・通訳」が可能であるというひどい誤解をしている人が多いのは、日本の言語教育の欠陥を象徴している。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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