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学部卒業段階でグローバルに歴史が見られるようにする方法

水2の「歴史研究の理論と方法」、14回目は東洋史D4の伊藤君に特別出演してもらい、「東洋史学」の成り立ちと現在についての講義(東洋史の「合同演習」で「東洋史学史」としてやっているものの短縮版)を、自分の研究経験をまじえて話してもらった。

木曜日のリレー講義「歴史学のフロンティア」でも毎学期そうなのだが、院生・ポスドクに出演してもらうと、研究経験の部分が好評である。大先生の講義だと、言われたことはわかったとしても「専門課程に上がったばかりの自分にそんなことができるだろうか」と萎縮してしまうのに対して、院生・ポスドクの講義だと、学部(または大学院)新入生の段階から博士論文執筆までの道のりがいくらか見えるからだろう。

この講義を含めて阪大史学系で執拗に強調される、「狭いところだけ見ていてはだめでグローバルな視野が必要だ(研究対象そのものは狭い範囲だったとしても、それを世界史のなかに位置づけねばならない)」という点も、新入生は「そんなこと言われてもどうやっていいかわからない」と反応しがちなのだが、伊藤君の「最初は自分もそんなことは考えなかったが、研究を進める中で(阪大の環境のせいもあり)おのづと視野が広がった」という説明でだいぶん安心したようだ。実際、伊藤君(宋代中国史)はそういうタイプで、卒論の段階では「古いタイプの視野の狭い秀才」に見えたが(失礼!)、その後しだいに中央ユーラシアから海域アジアまでの幅広い視野と、歴教研からAAWHなどの国際会議まで取り組む積極性を身につけ、現在では「阪大史学」の若手リーダーとして活躍している。

ただ問題はある。研究者志望で学部・大学院とほぼ10年かける学生は、その間に一歩一歩視野を広げてもらえればそれでいい。が、それ以外、特に学部卒で社会に出る学生たち(中等教育の教員になる者も含む)の大半が、「古いメジャー領域を狭い視野で研究する」段階にとどまっていたら、歴史学と歴史教育は生き残れないだろう。

卒論段階でも新しい考え方や研究方法がふつうに実践できるようにするには、阪大史学系(特に東洋史)の緊密な指導システムでも十分だとは思えない。やはり、高校までの教育全般や歴史教育もそれなりに変わってもらわないといけない。
プロスポーツでも、アマチュアのエリートならできるプレーをできないままプロに入った「基礎体力だけの雑草選手」を指導して一流にすることは可能だろうから、大学教員も、新入生が「昔はみんな持っていた知識をもたない」点自体は、嘆くより指導の工夫で乗り越えるべきだろう。が、「基礎体力(=論理的思考力や言語能力)」がないうえに「変なクセ(=古い歴史の考え方)」を身につけて入ってきた選手が、3年や4年で物になるとは期待しにくい。


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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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