タインホアの胡朝城

ベトナムの雑誌「考古学」の最新号

タンロン皇城遺跡につづいて昨夏にユネスコの世界文化遺産に指定された、タインホア省ヴィンロク県の「胡朝城」(タイン・ニャーホー)の特集号である。
陳朝の実権を奪った胡季犛(ホー・クイ・リー)が、故郷のタインホアに1397年に造成した新都で、タンロン(東都)に対して西都と呼んだ。1400年に陳朝から帝位を簒奪した胡氏は、明の永楽帝の侵攻によってわずか7年で滅亡したが、西都城はその後も存続し、15世紀の黎利(レー・ロイ)による抗明戦争、16世紀にいったん断絶した黎朝が復活して莫氏と戦った戦争などの記録にも登場する。17世紀以降には廃墟となったらしい。

宮殿などの建物はいっさい残っていないが、現在もほぼ正方形、一辺約880mの内城(四方に1つずつ城門がある)の城壁が完全に残っているほか、北方に曲線状の外城(羅城)の一部が残存している。内城は土を積んだ城壁の表面が大きな石で覆われており、城の中軸線は北西に傾いている。また東南方では、皇帝が天(と地)を祀った「南郊壇」の遺跡が発掘されている。頓山という山の斜面を利用して5段の壇を造成した、ユニークな遺構である。

文献史学者として見のがせないのは、胡朝城で発見された地名が刻印されたレンガの報告。タインホア以外を含むの139の地名(主に村落名)が紹介されている(ダン・ホン・ソン、レー・ティ・トゥー・チャン、グエン・ヴァン・ロン「胡朝城の建設用レンガに見える各地名」)。タンロンでも胡朝城近くの「永寧場」など、同様のレンガがたくさん出ている。竹簡や木簡のないベトナムでは、きわめて貴重な資料である。

タインホア省といえば紀元前後のドンソン文化とか、ベトナム戦争中のハムロン橋の防空戦などが有名だが、胡朝城のほかにも、黎利の出身地で黎朝歴代皇帝の陵墓が造られたトスアン県のラムキン(藍京)、17~18世紀に天下を二分する阮(グエン)氏と鄭(チン)氏の廟など、内陸部に王朝時代の歴史に関する重要な遺跡がたくさんある。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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