その場の空気に合わせることが至上命題か?

今の若い人はそうなのだという。人間関係がすべてに優先することは昔から言われているが、それが「組織」よりも「場」になっているのが現代の特徴か。

私と同世代の高校の先生いわく、若い先生は「卒業式のような式典では、場にあわせて君が代を歌うのが当然だ」と思っているのだそうだ。
普通の人にはなんでもないことが、犯罪や事故の被害者には耐えられなくなることがある。そういうことがあったら、周囲が配慮すべきだろう。君が代問題もそういう人がいるのだということを知らないし想像も出来ない、知識や想像力の貧困がまずは問題である。
しかし、問題はそれだけではない。「場の空気」がある方向を向いていたらそれに従うというのでは、場の空気が「こいつをいじめろ」となっている場合に、止められないだろう(現に止められなかった教師があちこちにいるらしい)。

場の空気がどうなっていようと(少し広げれば、多数決だろうと管理職の命令だろうと)、やってはいけないことはやってはいけないのだ、という考え方が一方にないと、人間はたいへんなことをしでかす。サンデル教授が説明する「正義」の1つの類型はそういうものだ。オールド左翼にありがちな、人権の普遍性だけでものごとを議論するやりかたも困るのだが、「場」(けっきょくは感情や力)がすべてで人権もへったくれもないというのは、「文明社会」にふさわしいかどうか疑問だ。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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