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江は秀忠との間に何人子供を産んだか?

「7人」というのは、幕府が大名の一夫一妻を強く規定し庶出の子は絶対に家督相続できないようにしたこと(まじめにこれを遵守したら跡継ぎのいない大名だらけになる)への対策として、庶子も形式上正妻の子供として扱ったためで、うち4人は江が生んだものではないと考えられるそうだ。同様にこの時期は、前田利常の妻が足かけ10年で8人子供を産んだ(双子はいない!)など、「多産の正妻」がおおぜい記録されているという(福田千鶴「一夫一妻制と世襲制」)。

その他、この特集号には勉強になる論文が多い。上記の例は、当時「側室」という観念がなく(成立は江戸中期)、正妻以外は「表に出ない妾」しかいない状況と対応しているのだそうだ。また江戸時代には庶出の子どもたちも含めて養育する「嫡妻」の役割が大きくなったという点も興味深い。生母重視の中世とくらべ儒教化が進んだのだろうか?

ついでに、将軍や大名の妻・娘がさまざまな公的役割を果たしていることが各論文で示されているが、これは現代の政治家にも継承されていると言えるだろう。


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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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