「あたらしい歴史教科書をつくる会」の江戸時代像

大阪歴史科学協議会の雑誌『歴史科学』(No.209)が、「歴史教育・教科書問題と近世日本社会論」という特集を組んでいる。

巻頭の多和田雅保氏の論文によれば、育鵬社・自由社の教科書を作っている人々はいまや、「江戸時代の記述こそが教科書問題の本丸」だと言ってるのだそうだ。私も「歴史学・歴史教育の主戦場は近世史だ」と以前から主張しており、(とくに現在のために歴史を学ぶ場合には)近世史が大事だという点は正しい。

問題は中身で、「つくる会」では、かつての搾取と反抗の江戸時代像に変わり、明るく自由で高貴な精神性をはぐくんだ時代として江戸時代を教えようとしているわけだ。
しかもそれは、バブル経済を背景に主張された「経済大国の前提としての江戸時代」でなく、現在の混迷を背景とした「失われたよき時代」としての江戸時代なのだそうだ(岩城卓二氏の論文による)。
与那覇潤さんの分類によれば、現在の混迷への対処として自己中国化でなく再江戸時代化を目ざすということになる(ただし自己中国化を主張するポピュリスト政治家がこれらの教科書を称揚するように、現実政治の場では両者は混じり合っている--与那覇さんのいう最悪の混合=「ブロン」として)。
ちなみに、古代史や近代史と比べ、江戸時代なら近隣諸国に文句を言われにくい、というのもあるそうだ。

こういう教科書が受け入れられる土壌、他の教科書の問題点など、本誌の論文の冷静な分析に学ぶことは多い。ただ、「日本国民のための日本史」を貫く本誌の性格上、議論に「世界の歴史や歴史教育との比較」「日本に住む外国人生徒への教育」などの観点は出てこない。
たとえば多和田論文は、江戸時代が「明るいか暗いか」を問題にするような素朴な歴史観を批判し、現実に即したリアルな理解を主張するが、「つくる会」系の議論の不可欠な道具立てである「外国と比べてどうなのか」という論点とどう斬り結ぶかはまったく論じられてはいない(このことは、数量で歴史を把握することが嫌いだという点とも関連しているように見える)。
「つくる会」系が「戦後教育」を攻撃する重要な論点のひとつに、一国史に縛られ世界史の新しい動きを見ていない、というのがある(もちろんかれらは新しい世界史をつまみ食い・誤用しているだけだが)。そこをどうするか、という問題意識が、個々の論文というよりこの特集、ひいては会全体に欠けているのが残念だ。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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