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継体天皇即位は「王朝交替」か?

今週末の歴教研報告のために、日本史の本を泥縄で読んでいる。
そのなかの1冊、義江明子『古代王権論 神話・歴史感覚・ジェンダー』(岩波書店)に感心した。

古代ヤマト王権の展開と「天皇制」の形成について、古代日本の系譜意識と家族・親族・婚姻や権力・ジェンダーのしくみから探ったもの。
稲荷山鉄剣銘で、なぜ刀身の稜上に直線的に、ヲワケの臣の先祖の系譜が書き連ねられているのかといった古代史マニア必読の謎解き(?)から、中国宋朝が記録した「倭の五王」の系譜で前の王と「親子」「兄弟」などと書かれているのはなにを意味するかという「中国史料の使い方入門」のような解説(先週水2の「歴史研究の理論と方法」で同じような問題を講義した)まで、読みどころ満載である。

私が重要と感じた論点として、
1)継体以前の大王位は、多数有力者間の争いを前提に「本人の個人的実力と有力者の承認・推戴」で決まっており、特定集団に独占されていない(つまり「王朝」が成立していない)。つまり「万世一系」のストーリーとは正反対の意味で、継体やもっと前の応神などの即位によって「王朝が交替した」とはいえない。
これをさらに言い換えれば、世襲権力という後世の常識にとらわれている点で、「王朝交替説」は「万世一系説」の批判として不十分だったということになる。
2)古代日本の系譜観念は父母両方をたどる双系(双方)的なもので(例:「天寿国繍帳」に織り込まれた系図)、祖父-父-孫など男系直系相続にみえる系譜(例:稲荷山鉄剣銘)は、実は血縁者のリストでなく、それに擬制した「地位の継承者のリスト」である。
3)継体から、特定氏族内部での大王位継承が実現する。ただそれは、まだ父系直系継承などではなく、6~8世紀の女帝は「男子の継承までの中継ぎ」ではない。

このへんからあとの詳しいことは、土曜日に歴教研で聞いていただこう。
「男系による万世一系の天皇制」までたどりつくには、中世以降もふくむ、ずいぶん長い道のりと試行錯誤、「伝統の創造」のくりかえしがあったのだ。
それを古代から一貫してあったかのように考えてきたのは、「電流はプラス極からマイナス極に流れる」と理解するようなものだった。

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今週末の歴教研報告のために、日本史の本を泥縄で読んでいる。そのなかの1冊、義江明子『古代王権論 神話・歴史感覚・ジェンダー』(岩波書店)に感心した。古代ヤマト王権の展開と「天皇制」の形成について、古代日本の系譜意識と家族・親族・婚姻や権力・ジェンダーの...

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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