史学概論の構想

歴史教育に関連して再三論じてきたことだが、「史学概論」を再構築しなければ歴史学と歴史教育の立て直しはできない。世界の通史と史学概論を学んだことのない研究者や教員が個別研究・教育をおこなっても、地理学にたとえれば「緯度・経度のない地図を作る」ことにしかならないのではないだろうか。考古学の発掘でも現在は、遺跡の座標軸(方位・高度)を確定しなければ発掘にならないというのに(タンロン皇城遺跡の発掘で当初その方法を知らず、日本の専門家が一生懸命言ってやっとできた)。

鶴島博和さんが言われるとおり、今後の史学概論でかつてのように「ランケがどうした、マルクスとウエーバーがどうした」という話に終始してもしかたがない。桃木式に言えば、そもそもそれは「西洋歴史思想史概論」ではあっても、「史学概論」ではなかったのだ。注意しなければいけないのは、そこにマルク・ブロックを持ち出そうがフーコーを持ち出そうが、「西洋人の思想を全人類の代表として他を無視するかぎり」事態は変わらないということだ。
だからといって、オムニバス講義で各教員が勝手な「自分の専門のさわり」を話すだけの授業を「史学概論」と呼ぶのはおかしい。相当強力な統括者がいて共通テーマがよく練られていれば別だが。

半年(15回)の史学概論をおこなうとすれば、私ならこんな講義をしてみたい(黒丸1つが1回という意味ではない)。欧米式に週2コマで講義形式とゼミ・討論形式を組み合わせられればさらによいのだが、週1コマでも、一部に討論などを組み込むべきであろう。

1.イントロダクション
   ・歴史を学ぶ意味・目的
   ・現代社会において歴史学・歴史教育が置かれた位置
   ・「阪大史学の挑戦」の内容と意義
2.歴史学はなにをどうやって研究してきたか/こなかったか?
   ・19世紀「近代歴史学」の視覚・対象と方法
   ・短い20世紀のマルクス主義とナショナリズムはなにを変えたか、変えなかったか?
   ・20世紀末以降の歴史学はどう変化したか?
   ・現代歴史学の代表的テーマ群
3.歴史学はどういう考え方・方法をとるか/とれないか?
   ・歴史学は「科学」か?
   ・周辺諸学との共通点と差異
   ・歴史文学や社会科学系の「史論」とはなにが違うか?
4.歴史学者はどうやって育てられなにをするものか?
   ・歴史学者の養成法の特徴
   ・歴史の研究・学界活動の特徴
   ・研究・教育・社会貢献の諸形態
5.まとめ
   ・新しい歴史研究と「歴史の専門家」のありかたを考える


専門研究者を志望する学生・院生に対して、3や4の大部分をゼミでの徒弟奉公や学界での見よう見まねだけで学ばせてきた従来のしくみは、現代の社会と学界にそぐわない。

なおこれは、研究者志望の学生がかなりいることを前提とした案である。教育系学部であれば、これらを大幅に圧縮したものを、地歴科の成り立ちを教える科目または世界史の大きな構図を教える科目に取り込む程度でよいのかもしれない。大学院志望者も教員志望者もほとんどいない大学であれば、専門課程といっても教養課程の授業でやるのと同様に、初回のイントロで簡単に話すだけにとどめてもよいだろう。

これは現状では「絵に描いたモチ」である。諸事情で私が単独でおこなう史学概論は存在しないし、複数教員でやっている概論は学部生向け(日本史・東洋史・西洋史各1名が4~5回ずつ話す)が現代歴史学の代表的テーマ群を順次解説するもの、大学院生向けが研究対象の地域設定と脱国民国家史観を共通テーマにしたオムニバス講義ということで、性格がちがう(どちらもイントロで1と2の一部は話すが)。しかし、一人で全部担当するかどうか(能力というよりヒマがあるか)は別として、こういう概論があったらいいな、とは思う。

史学概論というと「万巻の書を読破した」偉い先生でなければできない、というイメージが強いが、今の大学の新入生(2回生)は、旧制高校を卒業したインテリではない。教員側に必要なのは、幅広い一般常識と構成力の問題だろう。


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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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