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日本特殊論を批判する方法

昨日6限の「市民のための世界史S」の終了後に、法学部のH君に日本特殊論を批判する方法について質問され、しばらく立ち話をしたた。

以前に書いたり話したことを重複するが、私が重視する点をまとめると、
1.日本史上にいくつか、きわめて特殊・独特な事象が見いだされるのは事実である。天皇制、鎖国など。
2.ただ、「そうでない日本」もあったことを軽視してはいけない。例として、日本特殊論が通例持ち出す「勤勉でひとすじに生きる」メンタリティ(江戸時代に確立した)とは対照的な、「裏切り、ふたまた、なんでもありの中世世界」。それは「日本」ではなかったのか? 
3.日本の独自性を内部の力だけでそうなったかのようにいう通常の主張は、2つの手続きを怠っており、現代の歴史学から見れば証明にならない。
(1)ほとんどの場合、比較の対象は欧米のみ、または欧米プラス「理念化された中国・朝鮮」だけである。たとえば東南アジアと比べれば、「日本の特殊性」のある部分が、日本だけにおこった事象でないことがわかる(古代の家族や婚姻、宗教の重層性、都市を城壁で囲まないこと、西暦1000年前後の数百年間における独自性の強い文化の形成...)。
(2)平安期における国風文化や「天皇家」の成立、江戸時代の鎖国などどれも同じだが、「孤立して真空の中で(日本人の主体性のみによって)そうなった」かのように考えて、当時の人々を直接間接に突き動かした具体的な国際環境を深く考えようとしない(その影響を「史料で証明できない」と反論するのは、多くの場合、認識論的な非論理性を自白することに等しい)。鎖国が「17世紀の危機」に向かう世界的激動のなかで選び取られたものであるように、国風文化や天皇家を「遣唐使廃止後の孤立の中で、フリーハンドをもった人々によってつくられた」と考えるのはあまりに安直である。
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まとめtyaiました【日本特殊論を批判する方法】

昨日6限の「市民のための世界史S」の終了後に、法学部のH君に日本特殊論を批判する方法について質問され、しばらく立ち話をしたた。以前に書いたり話したことを重複するが、私が重視する点をまとめると、1.日本史上にいくつか、きわめて特殊・独特な事象が見いだされる...

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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