同じことばかり聞く日本人

昨日の毎日夕刊に、「ミャンマー」への企業進出の特集記事が出ていた。
日本企業にとって今が絶好の機会、かと思ったら米国、シンガポール、タイ、ベトナムなどの企業にくらべて「もう1年以上遅れている」のだそうだ。

理由は「まず課長が来て、何カ月か後に部長が来て、さらに後に社長が来る。なのに同じことばかり聞くから、相手が怒っちゃうこともしばしば。他の国は金を用意した責任者が来て、即決で契約していきますから」だそうだ。
ああ、またこのパターン。25年前のベトナムでも同じことを聞いた。

即決で決められないのも困ったことだが、ここでは、「同じことばかり聞く」点を問題にしたい。

少し例が違うが、「同じこと(たいていレベルは低い)を、来るやつ来るやつみんなが聞くから、相手が怒ってしまう」というのは、スポーツ報道で長年繰り返された図だ。サッカーの中田英寿、野球の野茂英雄、みんなこれで取材嫌いになった。

ベトナムとの交流や歴史学界でも、善意で同じことをする人が、とてもよくいる。
「専門家でないから高度な話はできない」という言い訳は通らない。
問題は「みんなが同じことを聞く」点にあるからだ。
世界中どこの国でも、専門家でない人はみんな同じ知識しかもたず同じことしか聞かない、というわけではない。

大げさに言えば、私もこの点で被害を受けている。
日本では会う人会う人みんなが「どうしてベトナム(のような変わったところ)を研究しようと思ったのですか」と私に聞く。意地悪く言えばこれは、一種のハラスメントだと思いませんか? ベトナムを研究することは、全員が疑問に思うほど、そんなに異常なことですか?

(付記)軍政の自称及び日本政府の公式呼称の意味でミャンマーと表記した個所をとらえて、拙著『わかる歴史』(今回の民主化より前に出版したもの)をボロクソにけなしている某有名批評家のブログがある。その点を含め東南アジアに関する知識は半可通の典型で、要するに東南アジアを馬鹿にしているとしか思えないのだが、また難癖をつけられてはかなわのんで、付記しておく。私は「ミャンマー」の民主化が本物かどうかをまだ疑っている。軍政批判派の用法に従い、授業ではまだ基本的に「ビルマ」を使っている(これは英語由来ではなくビルマ語由来の呼称である)。今回は新聞記事が「ミャンマー」と書いているのをそのまま引用しただけである。





関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR