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遅塚忠躬「史学概論」

2010年5月に出た本なので、すでに読んだ人が多いだろう。私は「積ん読」になっていたのを、ようやく読み始めた。
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筆者の考える「史学概論」は、歴史学の専門研究の前に読むべき「入門講義」ではなく、学生を含む研究者一般が、研究の途中で立ち止まって、「自分のおこなっている研究の性質や方法を再検討し反省する」ために、歴史学という学問の性質や方法を吟味(検討)するものである(0-2項)。最初に概論を学んであとは「専門」研究まっしぐら、というやり方ではいけないという点で、「大学院共通科目」「高度教養教育」などとも共通する発想だと考えたい。

筆者の主張で私が強い親近感を覚える点が2つある。
第一に、筆者は「はしがき」で、歴史学の基本的な約束ごととして「論理整合性」と「事実立脚性」の2点をあげ(00-1項)、本論でも。「認識に先立つ事実の存在」を主張するのと同じ執拗さで、定義や概念、論理的説明などの重要さや、「素朴実在論」から「言語論的転回」までの歴史観・歴史理論の思い込みや非論理性を執拗に説明する。この論理性へのこだわり。
第二は、既存の諸理論が「言語論的転回」を含めて、単一の理屈やゴールですべてを語ろうとしていたのに対し、ポストモダンの問題提起も受け止めて、歴史学を輪郭が曖昧で、幅や揺らぎをもち、目的や効用も複数ある学問として説明していること。そのうえであくまで、「文学とはちがった歴史学」を守ろうとしていること。
歴史学は(心性や文化も含めて)「事実」を明らかにするが、(たとえば人間性そのものというような)「真実」を明らかにすることは不可能で、それは文学や哲学とちがって歴史学の仕事ではない、という説明は面白かった。

もっともそれならこの書き方は? といちゃもんをつけたくなる点も3つはある。
第一は、文学などとの重なり合いを認めながら、あえて無理にでも歴史学の輪郭を示すと述べる点。示せるのは(現に著者が示したのは)歴史学の「輪郭」ではなく、「骨格」もしくは「核心」ではないか? ぼんやりした輪郭という留保をつけても、歴史学の周縁部で、他の学問や知的な営みとの境界線を引くという作業は、他の学問との違いを示す方法として最優先すべきものだとは思えない。
第二は、歴史をあくまで科学(経験科学の一種)だと主張する点。私の言語感覚からすれば、この点では歴史はやっぱり哲学や文学の仲間であって、「学問」「学知」ではあっても「科学」ではないように思われる(別の方向で、「技術」ではあっても「科学」ではない「学問分野」も大学にはたくさんある。みんなが科学である必要はないだろう)。
関連して、著者が「事実」と「「解釈」ははっきり分けられるとしてポストモダンを批判する点は、思想・表現の自由が保障された状態での相互検証を学問の大前提としている点に関連すると思われるが、そうした大前提のそのまた前提には、もはや存在しない「知識人に共通の教養」があるような気がする。それがない状態から出発すると、議論は変わってくるかもしれない。ちなみに筆者は、何度も書いたように、教養がなくていいとは全く思わないが、しかし「東南アジアのトの字もない」かつての教養のありかたには、「クソ食らえ」という感覚をいだいている。

以上は単なる揚げ足取りだが、次の3番目は深刻な気がする。それは、著者が序論において、「入門講義」は日本史概説とか中国史入門。西洋史概説などのかたちでおこなわれるのが普通だという現状(歴史学全体における日本史、中国史、西洋史などの位置を教える講義がない)を、なんの批判もなく記述していることである(0-1項)。「歴史学という食堂のメニュー」を一覧できる場がどこにもない状況、これを放置して歴史学の性質や方法が論じられるのだろうか? 
「店主の気まぐれメニュー」だけを食べさせる小さな食堂ならそれでもいいかもしれないが、歴史学という食堂は、社会史とグローバルヒストリーが登場する以前から、じゅうぶん大きくてチェーン店もたくさんあるのだ。この点も、「古い教養」の一部として「世界史の全メニューを高校ですでに見ている」という「常識」に著者がなおとらわれていたことを示すのだろうか?

おそらく著者が、ご自身の病気のことも考えて戦線を整理されたことを考えれば、以下は筆者のないものねだりだろう。
西洋や日本の歴史家のさまざまな理論や方法、代表的著作などが注で詳しく紹介され、丁寧な索引もついていることは、私のように不勉強な読者にはまことに有り難い。が、人名索引に、エドワード・サイードの名前はない。
「日本を除く非ヨーロッパ社会」をどう扱うかという歴史学の基本問題を、本書は取り上げていないのである。ちなみに取り上げられた理論や著作を見るかぎり、「西洋中心主義」のなかでも「西欧」への偏りがひどく、アメリカの理論・方法の取り上げ方はきわめて不十分である。

著者を含め、歴史学全体の危機を乗り越えようとする日本での動きは、圧倒的に「西洋史」の研究者から発せられている。良くも悪くも「自分たちが日本の歴史学を動かす」という自覚の表れだろう。「東洋史」の側が、これを「西洋中心主義」だと批判するだけではなく、新しい史学概論の構築を推進しなければ意味がないことを、あらためてかみしめさせられる遺著であった。

ついでに、大阪大学歴史教育研究会公式ブログhttp://rekikyo.blog.fc2.com/blog-entry-30.htmlで置村公男先生が書かれた、「遠い記憶、近い歴史」の大事さというのは、歴教研でいろいろなかたちで議論してきたテーマであり、史学概論の重要なトピックにもなるだろう。

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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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