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熊本電鉄

1997年の熊本では、熊本電鉄にも乗った。かつては菊池市まで伸びていた路線である(大学院生のころに一度だけ乗った)。
起点の藤崎宮前駅はマンションの一部になっていた。
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終点の御代志。元都営三田線の6000形が2連でここまで走っていた。
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上熊本線との分岐駅で車庫のある北熊本に戻る。上熊本線には元東横線の「青ガエル」5000形が単行で走っていた。
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上熊本駅。JR駅前にあり、まっすぐ数十メートル進めば市電の上熊本電停につながる。
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藤崎宮前からは、上通り商店街をはさんで通り町筋まで数百メートルの距離しかない。通り町筋か水道町と結んで市電に乗り入れることができれば(上熊本でも線路をつなぎ、御代志からの乗り入れのほか、北熊本~上熊本~通り町筋または水道町~北熊本と環状運転をしたらどうだろうか)、熊電はよみがえり市電も活性化することは確実なのだが、やはり地域の抵抗があるそうだ。健軍町から東への延伸構想もウヤムヤになったままだ。人口約70万の熊本市は、LRTに最適の都市のひとつなのだが。

以下はおまけで、熊本からの帰りに立ち寄った福岡県の直方市(引退した大関魁皇の出身地)。筑豊電鉄の終点筑豊直方駅である。やってきた電車はテレビカーだった。先端がストンと切れた高架の駅は、かつて福岡方面に延長する計画だったが、炭坑の衰退とともに、計画は歴史の彼方へと消えた。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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