歴史教育をめぐる社会的合意形成

阪大歴教研のブログhttp://rekikyo.blog.fc2.com/で、岡本弘道さんが岡田雅志さんのイギリスの歴史教育改革に関する記事を受けて、入試と歴史教育の関係などについて論じたなかに、

いずれにせよ、本気で歴史教育を変えたければ、まず歴史教育をめぐる社会的合意形成を目指さなければ、結局は「ゆとり教育」の二の舞に終わるだけのように思えてなりません。

という一節がある。大事な指摘だが、「社会的合意形成のためにはまず、すぐれた授業実践を積み重ねなければ」「よい授業が広くおこなわれるためには、まず教委や親を巻き込んだ社会的合意がなければ」、となると、議論が同じところを回りはじめるおそれがある。歴史教育の実践と社会的合意形成のどちらを先決とみるかは、研究における「実証と理論」などと同様に、「永遠の対立」かもしれない。

以下は脱線だが、実践できる現場の実力がなければ社会的合意も絵に描いた餅、という立場に立てば、「これでいいのかな」と思うのは、出版時に買いそびれてそれきりにしていた『日本宋史研究の現状と課題』(汲古書院、2010年)である。
1996年の『宋元時代史の基本問題』が、「中国の宋王朝の側から考えれば、遼や西夏、金や元こそが、好むと好まざるとにかかわらず、国際関係の対象であって、「外国伝」に記載されているほとんどの民族と国家は、宋王朝にとってそれほど重大な存在ではなかったものと考えられる」(p.43)などという山内晋次さんを激怒させた暴言--あまりに近代的・国民国家的かつ政治・軍事偏重で、交易も帝国イデオロギーの問題も毫も考えない--で西方・北方以外を一切無視したのにくらべれば、榎本渉さんの日宋交流史の章があるだけましたが、相変わらず南方や海域世界は無視。

といってもそれは仕方がない。宋代と言えばアジア海域史では中国商人の海上進出の時代であり、中国や欧米では宋代海域世界の研究がたくさん出ているが、日本では取り上げる研究があまりに少ない。古くは桑原隲蔵や和田久徳、それに斯波義信、最近でも深見純生、最近は向正樹など、重要な研究が出ているのだが、単独の章を設けて解説するほどではないだろう。岡元司さんが地域社会史研究の章で特定領域研究「にんぷろ」を取り上げて東アジア海域史について分析が進みつつあると述べる(95頁)のが関の山だったのもわかる。大越など南方との外交や戦争に至っては、ほとんど新しい研究がない。

ただ意地悪く言えば、亡くなった岡さん以外の宋代史のリーダーたちが、南方との関係や海域世界史を「中国史・中華世界史の不可欠な一部分」だと考えているかどうかは、「日本史」の主流の「対外関係史」への認識以上に疑わしい。上記の研究者でも、「宋代の専門家」は斯波先生だけであり、宋代史の若手研究者が対南方関係や海域世界(それに朝鮮半島も?)に手を出す例はきわめて少ない。最近の宋代史が、内容上の進展にもかかわらずモンゴル時代史や明清史とくらべてインパクトが弱いのは、そのへんにも原因がありはしないか。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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