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民主主義(一部修正)

「民意を反映して」憲法も法律も無視した政治がつぎつぎおこなわれようとしている。

「多数決ならなにをしてもいい」というのは民主主義でもなんでもない。
「多数の国民が望めばなにをしてもいい」というのも民主主義ではない。
法治国家では、こういうことは憲法や法律を変えてからおこなうものだ。

日本が、とくに大阪が、中国や東南アジアの発展途上国の悪いところにどんどん似ていく。
よっぽど先進国をやめたいらしい。

大半の有権者は、まして成績優秀でなければなれないジャーナリストたちは、中学校で「少数意見の尊重」「労働基本権」などの語句もとりあえず暗記したはずなのだが、それがまったく忘れ去られているのは、日本の暗記教育に2つの巨大な欠陥があるからだ。

第一に、暗記のやり方そのもの。考え方や理屈というのはセンテンスになっている。ところが日本では、単語や短いフレーズは暗記しても文章をめったに暗記しない。「民主主義」「多数決」などと単語だけいくら暗記しても、それらの「考え方」は身につくまい。科挙試験があった中国・韓国やベトナムでは、大量の文章を丸暗記するから、とりあえず「多数決ならなにをしてもいいというのは民主主義でもなんでもない」といった理屈そのものを覚えることになる。戦場では単語を叫ぶのが精一杯で文章など言っておれない、という武士の文化に縛られてはいけない。

第二に、試験のやり方。マークシートや穴埋めでも正しいセンテンスを選ぶ/完成させる問題は多いが、それが正解できることと、その正しい文章を自分の頭の中で組み立てられる(口で言える/書ける)ことは別のことがらである。自分の頭の中で文章を作り、それを口で言えて(文章に書けて)はじめて、あることを「わかっている」という。本当に使える学力を試験したければ、論述・口述が中心にならなければいけない。

こういう学習事項が定着していない有権者の状況をうまく利用して支持を得た政治家が、「中国や韓国との競争に勝てる教育」を叫ぶのは、根本的に矛盾していないか。







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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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