スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

道長の力

このブログでも再三取り上げているリーバーマンの本(Strange Parallels)に匹敵する大著を読み始めた。
1000頁近い。
img223.jpg

英語というかラテン語で、こういう著作をmagnum opusというらしい。
ずっと前に買っていたのだが、なかなかこういう巨弾は読み始めるきっかけがつかみにくい。
しかし日本の中世前期を総合的に論じた本とあっては、AAWHの前に絶対読んでおかねばならない。
決心して研究室から鞄に入れて持ち出し、電車の中でちょっと読んだのだが、立ったままで読むとじきに手首が痛くなった。リーバーマンはペーパーバック版を買ったのでまだよかったが、こちらはハードカバーだ。

本書は、第一部「新しい社会の形成と中世王権」、第二部「中世王権と宗教」、第三部「中世王権と財政構造」の三部構成をとり、「日本における中世社会の形成を、同時に生まれた新たな権力たる中世王権の確立と関連づけて、その歴史過程を考察しようとするものである」(1頁)

まだ序章しか読んでいないのだが、日本中世を文明史的にとらえ、その全体史を描こうとする著者、上島享氏の志に感心した。
「(政治史、宗教史、社会経済史をいった分業にもとづく)異なる視点からの実証研究をいくら寄せ集めても、決して全体像は見えてこない」(34頁)という著者の爪のアカを煎じて飲ませたい研究者が、日本史に限らず私のまわりにもたくさんいる。
「本書は、極めて〈古典的〉な歴史学のディシプリンに立脚している。しかしながら、目指すところは、既存の歴史学内部の個別分野史や、哲学・史学・文学という枠組みを解体し、それらを包摂しうる全体史を構想することにある」(35頁)という著者の意図に拍手を送りたい。

朝廷内、貴族社会内だけの政治史や王権論を乗り越えようと主張するあたりも興味深い。
藤原道長が私的に行使した新しい権力が11世紀に制度化され、院権力と摂関家という中世に定着するふたつの権力が生み出されたという説明は、なるほどと思った。源氏物語が生まれただけでなく、道長の時代はいろんな意味の画期で、道長はそれを体現した人物だったというわけだ。

原勝郎以来の戦前日本の「中世」という時代区分の意味、戦後の領主制論と王朝国家論の位置、黒田俊雄以後の新しい中世論など研究史と課題のまとめも、私にはとても有益に思える。

それでも不満はある。中世仏教の成立を東アジアの国際関係から理解する上川通夫氏の説を、「歴史学の研究としては、個々の実証があまりにも危うい」(28頁)とする点である。たぶんそうなのだろうとは思うが、それは一面で、一国史でないものを「実証」できないという歴史学の方法的限界を示すものではないか。「近代世界システム」や「グローバルヒストリー」が歴史学でなく歴史社会学や経済史学から提起されたのは、その限界のあらわれであろう。

唐の滅亡後の日本が古代と違い中国を相対化できたこと、中国を意識はしていたがそれとは別の独自性を認識・構築できたことは著者の言う通りだと私も思う。
が、そこで次の2点も議論に組み込まないと「全体史」にはならないのではなかろうか?
第一は関係史的視野で、唐代とは比較にならない密度での大陸との交流、そこで入ってくる禅宗などの役割。
第二は比較史で、「中国を相対化して独自性を認識・構築することを中国周辺でみんながやっている」という事態をどうとらえるかである。そういう状況下で築かれたものを、日本だけを見て独自性と言うのは、方法論として正当な手続きだろうか? 日本史研究者の意見を聞きたい(それも海域史・対外関係史以外の)。

もしかするとこの問題は、著者が中世の特質をその「成立」においてとらえるという「古典的」な方法論をとっていることに関係があるかもしれない。中世前期400年の「流れ」や「展開」の方を主眼とすれば、国際的契機についても違った見方が可能になるような気がする。
手前味噌だが、昨年の拙著「中世大越国家の成立と変容」は、むしろ時期を追った変容のありかたに力点を置いて、北部ベトナムの中世という時代をとらえようとしたものである(そういうことをすると、やはり分厚く重い本になり読んでもらえなくなる)。

もう一点の不満は、日本漢文の史料を引用する際に返り点しかつけない「日本史では常識のやりかた」を踏襲していること。歴史学の斬新な本を次々出版している名古屋大学出版会として、そこを変えてもらえればもっとすばらしかったのだが。これでは日本史を専門としない人間は史料が読めない。「漢文東洋史」ではとっくに、読み下しないし翻訳を掲載する方法が定着している。

内部ではこれも何百回となく繰り返したことだが、日本史にこういう要求をするのは、日本史のおそるべき緻密さ、議論のレベルの高さを、歴史学一般の「国際公共財」にすべきだという考えからである。
日本史・日本研究の専門家以外に利用できない日本史というのは、世界の歴史学にとって、あまりにもったいない。

宮島の写真。中世後期の側から見ると、国際的契機や国際比較はいかにも重要なのだが、それは本来の中世史からは逸脱した事象なのだろうか。
SANY0010宮島

夜、クラシカ・ジャパンではサン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」などをやっていた。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。