研究者の資質(続き)

世の中の常識、学会の定説、師匠の教えなどを疑う性格の悪さ。
素直で優秀なだけでは学者になれない

もちろん素直に学ばねばならないことがらはあるのだが、研究者はスポーツ選手や芸能人と同じで、人格円満で人付き合いがいいことが要求される度合いが低い職種だろう

もっともこのごろは、「大学教員といえども教師だ」という側面が終始されるので、性格が悪いとつらいのだが、それはむしろ、どの大学も研究能力だけで教員を雇うのが間違っているという問題だろう。性格のいい人、コミュニケーションが上手な人ばかりで学問が発展するとは信じられない。
大学が取るべき道は、「性格はおかしくても素晴らしい研究をする人間」に「性格を改善しろ」と要求することではなく、まわりがそれを支える体制を作ることだろう。

そこまでハイレベルでなくても、ある程度頭が良くて性格が悪い人間には、他人がすることの批判役という必要な仕事がある。素質にあふれた優秀な若手でも、意地悪な先輩に鍛えられたおかげで本当に物になる、ということがある。もちろん行きすぎれば単なるハラスメントだが、意地悪な批判を突破できないようでは、所詮大した研究はできないということも言えるのだ。

そういう意味で、スポーツ選手と同じで、優れた研究者でも、すぐれた批判者、すぐれたマネージャー、すぐれた一般向け解説者などがついていてはじめて最高の成果があがる、ということが言える。

現在の人文系の仕組みは、個々の教授がひとりでそれらすべてをやれ、というふうになっているところがあり、それではいくら優秀な研究者でも、「戦艦大和の沖縄出撃」にしかならない、というのが私の持論である。研究者の資質の議論も、そういういろいろな役目が必要だということを前提にしなければならない。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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