研究者の資質

大学院入試が終わり、今日と明日は博士論文の公開審査が4件ある。そこで、研究者になる資質ってなんだろうと考えてみた。

下は、新入生向けのオリエンテーションを兼ねた授業「文学部共通概説」(専任教員の半分ぐらいが1人1回担当するもの)で、今年度に配ったプリントの一部で(字句を少し修正してある)、私が東洋史専修ではこういう人材を育てたいと考えている内容について書いた部分である。

★身に付く能力:語学力/資料読解能力/歴史の知識・考え方/自分の知識や考えを説明し討論する力/異文化を理解し異文化の中で生きる能力・体力...[このうち3つぐらいが水準に達していれば、世界で通用する立派な研究者やビジネスマンになれる]
★将来:「国内チャンピオン」に甘んぜず世界で活躍できる研究者・大学教員/国際派社会人(外交官、国際交流専門家、高校世界史教員、図書館職員、ジャーナリスト、出版社員、ビジネスマン...)

ただ、これは研究者とそれ以外の職業を区別していない。私は一般に学力が高い人間が研究者になり、それ以外が社会に出る、などという人文系にありがちな説明を信用していない。私の同級生を考えても、私なんかより優秀で研究者にならなかったヤツが何人もいた(研究者に「なれなかった」人間に学力の不足が目立つのは事実だが)。

では、上記の能力以外で、研究者とそれ以外を分けるものはなんだろうか。
「論文が書けるかどうか」を重視する先生が多いが、立派な学術論文の書けるジャーナリストは少なくない。

とりあえず大事なのは、文献史学の場合だと「一日中、他人と話をせずに机に向かっていられる能力」「自分の能力を今すぐ世の中の役に立たない仕事に向けて平気でいられる能力」などではないか。「必要条件としてのオタク性」と私がいつも言うのは、これらにかかわるのだと思う。

これは、「歴史学が世の中の役に立たない」といった議論とは別次元の話である。私にとって歴史学は実学である。問題は、「論文など書く暇があったら被災者を助けに行こう」といった論法を(よほどのことがないかぎり)取らないということである。

なお、大学とか研究科・専攻という組織の立場で考えると、別の話も出てくる。
「研究はそれほどでもないがすぐれた教育をする人」「有能な管理職」「役人と交渉して予算を取ってくるのが上手な人」「一般向けの宣伝マン」「国際交流の専門家」などいろいろなタイプが必要になる。
阪大史学系の強みは、教育・研究だけでなく、行政手腕や事務能力の高い先生も複数いることだろう。
私がそのへんは全然ダメなだけに、その有り難みがよくわかる。




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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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