「体育社会科」

歴史教育研究会に来る高校の先生から、「体育社会科」(の教員)ということばを教わった。
運動部の顧問や監督が本業で、そうなるための手段として社会(地歴・公民)の教員になった人のことをいうのだそうだ。

昨日のスポーツ新聞には、選抜高校野球の出場校の詳しいデータが出ていた。このごろの老化現象でスポニチか報知かどちらだったかをもう忘れてしまったのだが、32校の監督中、保健体育教諭が15人についで、社会科教諭が7人を占めていた(その他の科目は1人か2人ずつ。学校職員や副校長と書いてある人もいた)。数学・理科や英語のような専門性が不要(に見えるだけだと思うのだが)で、しかも経済・経営系や法学系、人文系などいろいろな学部で免許が取れるため、社会科教諭が多くなるのだろう。

それが一概に悪いことだ、ケシカランというつもりはない。しかし、われわれが目ざす歴史(社会科)教育をしてもらうには、「センター入試用の暗記教育しか考えない先生」とはまたちがった方向で、上手な働きかけを考えなければいけないだろう。新しい課題が認識できた。
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体育社会科だけでなく

桃木先生
私が勤務する山形県では、「体育社会科」だけでなく、教科を問わず部活動顧問の方が本業のような教員が少なからず見られます。そういった先生方は、成果主義には順応しやすいため、受験でも水準以上の成果を上げることが多いため、周囲から高く評価されることが多いようです。そのかわり、「大学入試に出ようと出まいと本当に教えるべきことは何か」、「最新の研究成果をいかに教材化するか」といったことには殆ど関心がなく、「そんな暇があったら部活を頑張る」と考えているようです。このような先生方が醸成する空気が本県の高校教員世界を支配しているため、特に社会科の教科研究活動はきわめて低調な状態です。しかも教科研究活動の縮小は「多忙化解消」のために正当化する人までいる有様です。逆に部活動に少しでも自制を求めようものなら、途端に態度を硬化させる方々が多数です。これは山形県に限ったことでなく、広く各県に見られるようです。歴史の専門的知識豊かな大学院生が教員採用試験二次試験をなかなか突破できないことを問題視していた森安先生の「森安通信」への応答でも指摘したのですが、国公立大学進学実績がが進学校・受験校の主たる評価項目になるような県の場合、国公立大学の二次試験では殆ど出題されない社会科の教員は、大学受験指導のウエイトが国数英理の教員より低いと見なされて、なおさら部活動指導に力を入れられる人が求められやすいのかもしれません(私は例外的存在を認められているだけでも感謝しなければならないと、周囲は考えているかもしれません)。部活が本業のような教員を高く評価する傾向は、以前大阪大学歴史教育研究会公式ブログへのコメントで問題にした「スポーツ界による若い意欲ある人材の早期囲い込み」とも通じる問題です。
                                                       敬具
                                                    高橋 徹
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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