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高度成長期に出来た構造は変えられる

以下、同じ方向の話は何度も書いてきたが、とうとうここまできたかという感慨が大きい。
2年連続ホークスがジャイアンツをスウィープ。今年は競った試合も皆無。問題にならない。金のかけ方は似たようなものだと思うが、結果として行われている野球のレベルが違う。
パリーグ初、ジャイアンツ以外では初のシリーズ4連覇もすごいが、これで日本シリーズの通算成績ではとうとうパがセを追い抜いた。日本一の回数がパ優位になるのは、1950年の第1回日本シリーズで毎日オリオンズが松竹ロビンスを破って以来のことだ。

日本シリーズの最初の15年はセの8勝7敗と成績は均衡しており、両リーグの観客動員もそんなにひどい差が付いていたわけではない。ところが1965-73年にジャイアンツの9連覇などという悪逆非道な時期があり、勝敗も人気も大差がついた。この時期に成立した「巨人・大鵬・卵焼き」世代を親に持つ選手には、ドラフトで指名された際に本人は「どの球団でもいい」と言っているのに、親が「巨人じゃなきゃだめだ」と強制するような例も見られた。
その1965年に導入されたドラフト制度の効果で、ジャイアンツの圧倒的な覇権はやがて維持できなくなるが(讀賣に都合のいい解決がされた黒い霧事件や江川事件の影響は一時的だった)、パに阪急ブレーブスやとりわけ西武ライオンズの強力な挑戦があれば、セにはジャインアンツを大事なところで助ける副官としてのタイガースや、既成秩序に挑戦してみせるカープ、スワローズなどの巧みな分業があり、FAだの逆指名制度だのの効果もセに有利に働いたので、なかなかセ有利の構造は変わらなかった。ライオンズの栄光があと10年続いていれば、90年代にパが追いついたんじゃないかと思うが、堤義明の失脚などもあってそれはかなわず、2002年にはセ32勝-パ21勝と1973年よりさらに差が開いた。つまり高度経済成長期に出来上がった不平等の構造が再生産され続けたのである。

しかしそこから逆襲が始まった。日本シリーズでは2003年から今年までパの15勝3敗。その後始まった交流戦もセが勝ち越したのは一度だけ。セが「国内専用の見世物」(それはそれで簡単ではないのだが、しかし純粋なスポーツとは言いがたいショウの面が強まる。しかも従来の人気にあぐらをかいてさほどの経営努力を払わない球団が多い)を続けたのに対し、パが全体として「メジャーリーグに通じる力勝負と経営」に向かった結果が、グローバル化の時代に--最初から世界を意識したサッカーJリーグとはずいぶん違うやり方ではあるが--はっきり出て来たのだ。

世の中は「モリカケ桜」だ「学術会議」だとひどい話が多く、「高度成長期のやり方を変えられない中高年男性」害悪はいたるところで噴出している。しかし、しっかりカネをかけ、しかも努力と工夫をすれば世の中を変えられるという見本が、ここにあるのだ。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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