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学術の種類

わが論敵S先生がFBで「学術会議会員に任命されなかった6人はスコーパスでほとんどデータがない、つまり一流の国際的学者ではない」と吼えてマスコミで話題になっているが、これは知能指数で日本人全員を格付けしろとかいうのと似た論理構造をもつ。それは少年マンガの世界では「喧嘩が強い順だけで社会の序列を決める」というかたちで昔からおなじみのパターンである(ただしそれで成立するディストピアを主人公が打ち砕くという話にたいていなるのだが)。もちろんご本人は、これは一般社会ではなく学術機関(特にそこでのカネの配分)についてそうするのが合理的だという話だと、ご本人は主張しており、プロスポーツなどを考えると一件正当に見える。

しかし(ここを何十回言っても理解しようとしない点が謎なのだが)、問題はプロスポーツのある種目の内部ならそれでいいとしても、「学術界」にはたとえていえば、野球もサッカーも、柔道も空手も、陸上競技も水泳も、卓球もバレーボールも、全部入っているということである。S先生はそれらの選手やチームの成績を、何か単一の(しかも自分がなじんでいる、比較的簡単な要素から成る)基準で比較して序列を付けろという。それは社会的には、暴力以外の何物でもないと分からせる必要があるだろう。ほぼ日本国内でしかやっていない相撲は世界でやっている柔道より価値が低いと論じることは、正当化できるだろうか。

学術に戻って、S先生はスコーパスに出ない日本語の論文は無意味と公言するが、「日本人の体質と成人病」についてだれかが重要な、保健医療政策に影響する発見をして、それについて日本語論文を書かずに英語だけで発表するということを国立大学教員が
やったら非難を浴びないだろうか。もちろんそれが学術的に意味があるなら国際的にも知らせるべきだから英語でも書くのはいい。しかしそうすると二倍の手間がかかるから、英語だけで書いてる学者ほどの「国際的」業績は出しにくくなる。私のように特定の外国の研究をしている人間も同じで、研究成果はその国も言葉で発表することを求められる(その国の文書館などを利用しておいて、日本語や英語でしか書かないのは主権侵害だと言われるおそれがある)。その場合も、英語で書くのは後回しになる。

ちなみにS先生やお仲間の問題は、「ある日気づいたら体制が変わっている」ということは未来永劫ありえないと信じ込んでいる(=大災害など起こったら「想定外」と言い訳するのと同じ)点にある。たとえば基準が「英語でなく中国語論文の数」に変わったらどうするのだろう。歴史をやっていると、そういう脳天気な生き方は怖くて出来ない。まるで会社が事業保険をかけずに事業をする、大の大人が生命保険をかけずに社会生活を送る、それに等しく見える。

なお、単純な数値だけの評価をしてはいけないという「研究計量に関するライデン声明」は以下のページなどあちこちに出ている。スコーバスの数字だけで評価しろなんて言ってるのは一流の国際的学者ではないことがわかる。
https://www.nistep.go.jp/activities/sti-horizon%e8%aa%8c/vol-02no-04/stih00050
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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