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古代史は日本にしかない?

日本前近代史業界では、桃木という変な東洋史学者(世界史教育の専門家?)がよく日本史にいちゃもんをつけている、という話はちょっとは知られているようで、最近も日本史の雑誌である原稿の依頼を受けた。そこへおあつらえ向きに「どうぞ批判して下さい」と言わんばかりの雑誌が届いた。同じ問題はかつて何度も論じているのだが、相変わらずかとがっかりせざるをえない(以下への反論は大歓迎。ただし私が「対外関係史」以外の中世史やジェンダー史も含めて、世界史系の学生・研究者に日本史の理論や方法を勉強しろ勉強しろと言い続けている点も理解したうえでの反論が期待される)。

『歴史評論』最新号は「特集/馬が支えた古代の国家・社会」。「ユーラシア草原地帯の騎馬遊牧と初期遊牧民文化」(畠山禎)以外の4論文は日本史で、巻頭の「特集にあたって」も「古代史」というのは日本の古代史を指すことを当然とする書き方をしている。論文タイトルも「古代の馬の生産と地域社会」「古代の交通制度と馬」など、「歴史といったら断らない限り日本の歴史だ」という立場を明示したものがある。ちなみに英文目次では前者はHorse Production and Local Societies in Ancient Japanと日本であることを明示しているが、後者(比較のために唐代の制度も論じるがそこには古代や中世という文言がないので、タイトルの「古代」は日本のことである)はHorse in Ancient Traffic System: Focusing on Consideration of Relating Provisions in Codes and Regulationsという機械翻訳の失敗作(?)になっており、副題がひどいだけでなく全体がどこの話かわからない(T先生からはSNSで、これじゃ「古代交通制度の中の馬肉」だというご指摘もいただいた)。たぶん厚生労働省などと同じで、翻訳とはどういうことで誰のどういうチェックが必要かを十分わかっている編集部員がいないのだろう。

私は高校「歴史総合」などに関連する講演や原稿で「日本史と世界史(外国史)では単語も文法も違っており、統合はかなり困難だ」という話をよく取り上げるが、上の特集や論文のタイトルを何とも思わない日本史研究者に、歴史学や歴史教育全体のことを考える意欲を認めるのは難しい。言いたくはないが、こういう研究者(日本の歴史学界では日本史はマジョリティである)が、悪気はないままで外国史を公然と差別し二級市民扱いしていることは、悪気のない男性研究者(学界や大学での多数派)がしばしば無意識のうちにこれまでの常識を踏襲して女性を差別しているのと同じパターンではないのだろうか。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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