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新元号初日

平成の終わりが偶然とはいえベトナム共和国の終わりと同じ日に来たのは、いささかの感慨がある。
ちなみにきっと何千回もしゃべっているが、私が日本古代史なそでなくベトナム史を専攻しようと決意したのは、ベトナム共和国滅亡の日(あるいはその翌日)だった。
またこれは書いたことがないが、平成の初めのイベントとして、京大から東京に移られる石井米雄・桜井由躬雄両先生を送る「奴隷の送別会」があった。たしかその二次会で酔って悪い絡み方をして、桜井さんを不機嫌にさせた。恩師へのまずい形での反逆はあのへんから始まったのだった。その平成の終わりに、2人の恩師は亡く、東南アジア史研究は危機にある。

で、連休明けの「歴史学方法論講義」(史学概論に当たるもの)は私の担当で、これもたまたま「時間と時代」について話す予定である。
しかしそこで、元号のこと自体を詳しく話すつもりはない。やるなら東アジア文明における暦法・紀年法と年号について、また「国書」がみんなが教えられて思い込んでいるような意味での「日本独自の文化・思想の表出」ではないこと、などの点に踏み込むことは十分可能なのだが。
他の教員との関係で、今回は西洋中心史観および近代をゴールとする歴史観への批判が、グローバルヒストリーやアジア史の時代区分などの、どこにどう影響しているかを、主に話さねばならない。そちらはそちらで、相も変わらぬ西洋中心史観の再生産(アジアで唯一日本だけが近代化に成功したという歴史観もその一種である)や、その裏返しのアジア特定地域中心史観を批判するうえで欠かせないトピックなのだ。

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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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