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海域アジア史研究会例会

この前に19日にもあり、今月は2回連続です。

【海域アジア史研究会】


・日時:2017年11月25日(土) 13時30分~17時30分ころ

・場所:大阪大学豊中キャンパス文法経済学部本館2階 大会議室

 アクセス:http://www.let.osaka-u.ac.jp/ja/access


 ※豊中キャンパスマップ④の逆向き「コ の字」型建物が会場のある建物です(大会議室は左上隅に位置します)。大会議室には、③の総合図書館側の入口から入って、右手の階段をあがり、廊下を右側にお進み下さい。階段手前の右側の部屋が会場の大会議室です。


・報告者・報告タイトル(敬称略)

 

 ペレス・リオボ アンドレス(Andres Perez Riobo, 同志社大学グローバル地域文化学部)

 「ペドロ・オルドニェス・デ・セバリョスの世界一周:スペイン黄金時代の冒険者が見た世界の様子」
 (Pedro Ordoñez de Ceballos y su vuelta al mundo: el mundo visto por un aventurero de la España del Siglo de Oro)



 平山篤子(帝塚山大学名誉教授)

 「16・17世紀におけるヒトの移動-太平洋をわたった人々-」



:資料代として200円ご用意下さい

:研究会後、阪急石橋駅周辺で懇親会を予定しております

・報告要旨

 ①ペレス・リオボ アンドレス氏

 En 1614 se publicó en Madrid la obra "Viage del mvndo". Esta es la crónica en primera persona de la vuelta y media al mundo que Pedro Ordoñez de Ceballos dio desde 1574 durante un período de 30 años. Visitando lugares de Oriente Próximo, Europa, el Nuevo Continente y Asia donde castellanos y portugueses desplegaban sus actividades, se encomendó a tareas de conquista, comercio y evangelización. Sin embargo, la veracidad de su obra es cuestionable y por ello las opiniones están divididas entre los que la consideran una obra literaria y los que la ven como un documento histórico. De cualquier manera, esta obra refleja la visión del mundo de un español activo dentro del imperio en el que no se ponía el sol. En esta comunicación haremos una presentación de la vida y obra de Pedro Ordoñez de Ceballos.

 1614年にマドリードで『世界の旅』が出版された。著者ペドロ・オルドニェス・デ・セバリョスが1574年から30年間をかけて地球一周半を回った体験を生々しく記録したものである。彼は中東からヨーロッパや新大陸を通じて東アジアまで、スペイン人とポルトガル人が活躍していた地域を訪れ、征服・交易・キリスト教布教などに努めた。ただ、この記録の真実性について疑問があり、文学作品と見なすか歴史的な資料と見なすか意見が分かれている。いずれにしても、世界全体を見渡すこの作品は「太陽の沈まぬ帝国」の中に暮らしていたスペイン人の世界観をよく写している。この発表でペドロ・オルドニェス・デ・セバリョスの人生と作品を紹介する。


 ②平山篤子氏

 フィリピン諸島は、スペイン帝国が約半世紀にわたる努力の末、東部アジアの海域に得た植民地である。二十年ほど前までは、研究が主に王会計の収支報告に基づいていたことから「赤字植民地」や「忘れられた植民地」などと呼ばれ、あまり研究者の関心を惹かなかった。しかし、太平洋が研究対象として注目されるようになった近年、マニラにおけるスペイン政庁設立とガレオン船定期運航開始が、モノ・カネ・情報をもって東部アジアとアメリカ大陸、ひいてはヨーロッパ大陸を接続し、地球一元化が進むのに不可欠な一片だったとして、その重要性が認識されるに至っている。だが主商品の絹や銀(カネかモノかは地域で認識が異なる)の移動に関しては理解が進む一方で、ガレオン船運航に人手がかかることや、各地の人手不足からヒトも相当動いたはずなのに、その実態はまだ解明すべき点に満ちている。これらのヒトは、スペイン人などヨーロッパ人以外に、中国・東南アジア諸地域・アメリカ大陸・インド・西アジア・アフリカ等々、出身地域と身分において多様であることが分かりつつある。まだテーマとして十分熟しているとは言えないし、報告者の関心が華人の移動にある点で限定的であるが、先行研究の紹介、報告者のメキシコの国立文書館での調査をもとに現在の時点で言えることを報告する。



ーーーーーー《連絡・問い合わせ先》ーーーーーー

〒560-8532 大阪府豊中市待兼山町 1-5 大阪大学文学部・文学研究科 東洋史学研究室 

Tel(研究室): 06-6850-6111 / Fax(研究室): 06-6850-5091

冨田暁(海域アジア史研究会事務局)

Email: tomynovember●hotmail.com (●を@にしてお送り下さい)


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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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