大学教員を変えるのがいちばん大変?

昨日は吹田キャンパスまで行って、学祭融合教育研究センター主催の大学院教養教育に関するシンポに出席。
筑波大では予算も含めて大学執行部がきちんと位置づけており、全専攻が修了要件単位数のうち大学院共通科目で取れる単位を決めているそうだ。

阪大で「高度副プログラム」を実際に履修中または履修済みの院生・元院生がつぎつぎ発表したのも面白かった。
討論の部でみんなの意見が一致したのは、学生は働きかければかなりの割合で専門だけでなくこういう科目も受講しようとなるのだが、難しいのは「うちの学生が専門を怠けてよそに行っている」ととらえがちな教員の意識を変えることの難しさだった。

こんな大学教員が、学生の学力低下や高校教員の不勉強を嘆いても説得力はない。

ちなみに私が大学院などの高度教養教育にこだわる一因は、若いころ文学だの社会学だの農学だのいろんな分野の若手に「歴史学なんて意味があるのか」とからまれて、うまく言い返せなかった悔しさにある。
そういう場合にどうするか。フツーの日本人は「専門を磨く」ことだけ考える。野球の打者にたとえれば、畳の上でひたすら素振りを繰り返した王貞治の道だ。それで世界記録を作れる王貞治はそれでいい。だがそうでない者はどうすべきか。
私なら、打順や試合の状況に応じた打撃、相手投手のクセをつかむことなど、いろいろトライする。だから私は高度教養教育や専門外との他流試合にこだわる。

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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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