説明力の不足

全国学力テスト(これ自体はやめた方がいい。学校別成績公表なんて自殺行為)の結果について強調される「説明力の不足」。

これを自分たちも改善に全力をあげなければならない(ある意味で絶望的な)問題だととらえない高校教員や大学教員がいたら、それは幸せな人たちだ。
たくさんあるほかの課題を理由に「説明できるのは少数の秀才だけ」という状態を放置できるほど、21世紀の日本社会には余裕がない。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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