スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「現実」のためには基本ルールを踏みにじって平気な人々?

今さらだが、国家の基本路線にかかわって選挙戦で「こうします」と積極的に議論しなかった事柄を、選挙に勝った後で「もともと言ってた」「今回も公約の隅 に書いてある」という理屈をならべて国会審議にかけること、まして強行採決することが、どうして基本的なルール違反(非立憲)じゃないんだろうか。
選挙の 勝利は国民の白紙委任を意味するという解釈が成り立つなら別だが、それじゃ投票は政権信任の儀式に過ぎない近隣の権威主義国家と同じじゃないか。特定秘密 保護法も安保法制もこの方法で押し通したアベ政権が、憲法改定もそのやり方で行くのを許したら、その国民は自分で立憲制を投げ捨てたことになる。「現実」のためには社会の基本ルールを踏みにじって平気な国民だと世界に示すことになる。それで、ルールを守らない隣国をどうして批判できるのか、わけがわからない。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。