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基本的な論理的思考力

読み書き算盤というとおり、何をするにも必要な基本的な言語能力や数量の処理能力というものがある。現代日本の学校にもそれを教える科目がある。では、何をするにも必要な基本的な論理的思考力は、どこで教えるのだろう?


19世紀の水準で電気や生命の教育をしたら、学者でない一般市民にも笑われる。19世紀の内容で法律や経済を教えても、学者でない一般市民が困るだろう。歴史や文化は19世紀の考えを教え続けていいって、いったいどういう勘違いをしたらそうなるのだろう。少数の秀才を除いて生徒や学生は抽象的な論理を受け付けないから事実中心に教えようなどと、教員ですらそんな非論理的なことを言ってるのは、小中高校で論理的思考の基礎を教えないからだ。


首相は参院選で憲法改正を争点にしないと言明。でも「選挙後の国会で議論を開始する」と言ったのだからこれは「圧勝して3分の2を取ったらすぐ改憲を発議します」というのがミエミエでは。国会では「ていねいに説明」と称して数の力で強行するんだよね。言い訳は「対案を出さないのが悪い」。

こんなことすら考えずに投票する有権者が多いのは、知識が無いからではなく、基礎レベルの論理的思考力がないからだとしかいいようがない。


こういう点で、日本の教育はいま全面崩壊の縁にある。

江戸幕府の1840年代後半、アジア太平洋戦争の昭和19年前半、そこまで来ているとしか私には思われない。


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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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