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この夏の過ごし方~気候変動の歴史を学ぶ意味

昨日、大阪に戻る新幹線が新大阪に近づいたときの車掌さんの乗り換え案内のアナウンスで、3月に全通した九州新幹線の列車「さくら」の案内も流れた。元々関東人である私は、「さくら」のアクセントを「低高高」とイメージしていたのだが、車掌さんは「高低低」のアクセントでアナウンスしたので、私は思わず「男はつらいよ」の寅さんの妹を連想した。私は倍賞千恵子のファンだったのだ。

連想はどんどん広がり、せっかく新青森まで開通したのに東北新幹線は気の毒に、とか、(新聞にも記事があったが)今年の夏に首都圏の電力不足を緩和するには、海外でなければ西の方にみんなが旅行するのがいいんだろうな(「まじめな話、東南アジアより暑い」京都や大阪でなく九州などへ)、などとあれこれ考えたのだった。

ちなみに経済活動の中心だけあって首都圏の温暖化は急速なことは、だれでも感じているが、数字を見るとはっきりする。少し前に教科書執筆の関係でデータを調べたところ、http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/monthly_s3.php?prec_no=44&prec_ch=%93%8C%8B%9E%93s&block_no=47662&block_ch=%93%8C%8B%9E&year=&month=1&day=&elm=monthly&view=
冬のデータだが、1876年の観測開始から1945年前の東京の1月の平均気温が5度を超えたことは、1916年と1932年の2回しかないのだが、1960年代以降は4度以上が当たり前になり、1984年を最後に4度以下の年はない。1987年から2010年まででは、5度以下の年すら2001年の5.1度という1度しかない。私が子供のころの関東地方であれば、こんなにエアコン用電力を必要とすることはなかったはずだ。

「世界史の扉」やコラムで「おまけ」として紹介するだけでなく、歴史教科書の本文にも気候変動や災害などの歴史が組み込まれねばならない(われわれの教科書では、すでに中世温暖期とその後の寒冷化などは書いてあるのだが)。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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