新しい漢字文化の必要性

漢字でもう1件、これも年中言っていることだが、東アジア諸国の対立(相互無理解)の背景に、どの国も漢字文化が衰退したことがあります。昔の漢字文化にはたしかに福沢諭吉が批判したような欠点があるのですが、それを乗り越えた新しい漢字文化(それはたとえば、中国中心主義とは違う多様な漢字文化という観点が必須)を創造しないと、英語だけで東アジアの相互理解なんて絶対に、絶対にできません。

ちなみに漢字は専門家の間では「表意文字」でなく「表語文字」という言い方を使うことがあります(英語ではロゴグラフィーという言葉があるそうです)。つまり漢字には擬声語・擬態語を文字にしたものがたくさんあり(諸橋大漢和辞典などみればたくさん出てきます)、意味を表した文字とは限らないけれども、すべてが一種のロゴであり、必ず1字が1つの意味をもち、アルファベットや仮名のように単独では意味を持たない文字というのは(原則として)存在しないということです。

もう1点、科挙がある国では、漢詩を含め韻文が作れないとインテリとは認められません。漢字は表意文字だから筆談ができるなんて言ってるのは、日本に科挙がなかった(平安時代に放棄してしまった)からです。朝鮮やベトナムから中国に朝貢に行った使者は、自分の国が蛮族の国ではないと証明するために、一生懸命漢詩を作ります。しかも、漢詩の押韻というのは、日本の漢文の授業で習うような行末だけ揃えるというものではなく、全部の文字の「平仄」を合わせねばなりません。だからベトナムでは、漢字の字体はずいぶんルーズですが韻は必至に覚えます(ほとんど漢字を表音文字だと思ってるんじゃないかと感じることがあります)。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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