漢字の字体

今日は神戸大附属で歴史基礎の公開研究会。だいぶん進展があり、大学の授業のヒントをたくさんもらったことを含め収穫大だった。

それはさておき、帰宅して読んだ夕刊で目についたのが、数日前から報道されているが、「漢字のとめ、はねなどの基準をゆるやかにする」という件、これはきわめて重大である(私はこれに大賛成)。
「はねるはねない、出る出ない」にこだわる日本の教育が、世界を席巻した工業製品の品質を生んできたことは高く評価したいが、しかし21世紀にはちがった教育が必要だろう。
そもそも、日本人は漢字文化をきわめていい加減にしか理解していない(東洋史の漢文で落ちこぼれた私がこんなことを偉そうに書くのを中国史のT先生やU先生が見たら泣き出しそうだが)。現在の字体の基本は清朝の康煕字典で定められたものだが、その清朝のいちばん基本史料である『大清実録』を見てみなさい(本来の実録は印刷せず。写本を数部作って皇帝の閲覧に児湯したり供したりのちの正史の編纂の材料にするだけ。昭和天皇実録を印刷するなんてとんでもない)。当然膨大な実録の写本を一人で作れるわけはないからいろんな字体があって、はねやとめもそれこそ色々です。それでいいのです。はねやとめばかりこだわって、漢字が純粋な表意文字であるかのようなデマを教えている日本の漢字教育はやっぱりズレています。

それに関連して、言語学者の親友と数日前にFBで論争したのが、漢字を手で書かせる試験はもはや無用ではないか、電子機器で入力できるかどうかの試験の方が必要ではないかという意見である。たとえば歴史の知識について暗記で問うより、スマホで調べさせる試験の方が意味があるだろうというのは、私も以前から言っている。ただし少数の文字を覚えれば入力できるローマ字や仮名、ハングルと漢字は性質が違うので、私は基礎の手書きの訓練は必要だと主張した。
それは、電子機器で漢字を入力するのは、(純粋な図形として入力する方法は可能なのだが)読みも偏旁も知らなかったらとても困難だろうという問題に由来する。中級以上になればもちろん、「憂鬱は書けなくても読めて入力できる」という状況になるのだが、それは基礎ができているからではないか。そして基礎の漢字をと漢字のルールを身につけるのに、手書きより良い方法を私は知らない。
脱線だが、歴史総合などの教育でも、史料とは何かを理解させるのに、学習者に写本を作らせるという方法は有効である。
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興味深い話です。漢字のとめ・はねを厳しくチェックするのは、私も前々から「そこは重要じゃないのでは」と思っていました。

「書き順」の教育については、どうでしょうか?

私は、試験で「この漢字のここの部分は何画目ですか」など問うて、これを子供に覚えさせるような教育ははっきり間違っていると思うのですが、先生や先生の周辺では、どのように考えられているのでしょうか。

Re: 漢字の書き順

これも習字には必要ですし、そうでなくても基礎は知っていた方が漢字学習の効率が上がると思いますが、おっしゃるように細かいことを覚えさせるのは、漢字教育そのものとしてはまったく不必要でしょう。細かいことにこだわる習慣をつけさせるには有効だと思いますし、日本人のそういう細かさがすべて無意味だとは思いませんが、それが「大局を見ようとしない日本人」を大量生産している否定的側面は、今や度を超して大きくなっていると言わざるを得ません。


> 興味深い話です。漢字のとめ・はねを厳しくチェックするのは、私も前々から「そこは重要じゃないのでは」と思っていました。
>
> 「書き順」の教育については、どうでしょうか?
>
> 私は、試験で「この漢字のここの部分は何画目ですか」など問うて、これを子供に覚えさせるような教育ははっきり間違っていると思うのですが、先生や先生の周辺では、どのように考えられているのでしょうか。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
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