「新しい歴史学のために」No.279

「京都民科歴史部会」発行の雑誌の最新号。「戦後歴史学と民科」について、自分がそのなかにいたわけではないが聞いたことがあるという世代には、「京都に民科が存続している」ことが驚きないし感慨を呼び起こすだろう。

しかし中身はなにも「古典的マルクス主義」(と日本でみんなが思ったもの)を維持しているわけでなはい。今号には特集「明・清代東アジアの国際秩序とトランスナショナル・ヒストリー」が組まれ、檀上寛「明代中華帝国論」、大田由起夫「15~16世紀の東アジア経済と貨幣流通」、井上智勝「「蛮族」たちの「中華」-近世期日本・朝鮮・ベトナムの小中華意識と国家祭祀-」の3論文が掲載されている。

山内晋次さんが再三論じられている通り、「東アジア」というくくり方およびネーミングには問題がある。
しかし今回の各論文は、明の「天下」「華夷」観念という案外盲点になっているテーマを明快に論じた檀上論文はじめ、それぞれ勉強になる。大田論文は、私が再三取り上げているリーバーマンの国家統合のメカニズム比較に組み込んだら面白いだろう(リーバーマンは商業や国家財政をかなり論じているが、貨幣史はほぼ無視)。

井上論文は日本史の側から、日本の学界の東アジア論がベトナムを無視してきたことを批判され、朝鮮史だけでなくベトナム史をかなり本格的に調べられた点で敬服。近世ベトナム王朝「天」「敬天」の観念を指摘された点など、説得的である。

この論文には瑕疵はいろいろある。
・ベトナム漢語を十分ご存じでない(1.現代ベトナム語では北属時代は漢語そのままのBắc thuộc thời đạiでなくthời đại Bắc thuộcと呼ぶ。2.註28の碑文集の発行元3機関のうちViện Viễn đông Bác cổとViện Cao học Thực hànhはフランスの機関名の漢訳名称をベトナム語で表記したもので、日本の出版物ではもとのフランス語名ないしその日本語訳を書かねばいけない)
・黎朝と阮朝の正統概念にかなりの違いがある点に気づいていない(英語でWoodside、日本語で嶋尾稔氏などの業績が参照されるべきである)
・ほかにも細かい事実の誤りが数カ所ある。

これらは正直に言えば、日本でベトナム史とベトナム語の専門家に確認するという手続きがほしかったところである
上記の誤りには、ベトナム現地で日本語のできる研究者から教えられたことが含まれているかもしれない。ベトナムの歴史学やハンノム(文献学)の学者で日本語のできる人はけっこういるのだが、日本の歴史学が要求するレベルで漢文やベトナム史、ついでに上の機関名のような欧文の知識ももつ学者は全国で1人か2人しかいない。職業的な日本語通訳の場合は、だれもいないだろう。日本なら10人ぐらいはいるから、これは日本のベトナム専門家に聞くべきなのである。ただしこれを、「ベトナム史がわかっとらん」とやっつけるのでなく、積極的な協力をわれわれベトナム史学者の側も試みるべきだろう。


今日は数年ぶりで京大の東洋史研究会大会に参加。ポスドクの上田君のフエ文書に関する発表以外にも、朝鮮の戸籍大帳に関する宮嶋博史さんの発表など、重要なものが多かった。昼過ぎに中国以外の発表を集め、そこは中国史の聴衆がだれもいなくなるという「悪習」も、発表の配列を変えたことによって解消されていた。

久々の百万遍交差点。京大会館から文学研究科構内に会場が移ってから、東洋史研究会に出るのは初めてだ。
P1050635久々の東洋史研究会(会場は文学部)

懇親会のケーキ。コーヒーがなかったのが残念
P1050637東洋史研究会の懇親会。これでコーヒーなしは不満。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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