歴史学の基本論理と歴史の基本パターンの公式化

11月1日は日本平和学会関西支部の戦後70周年シンポで、東南アジアの戦後70年と対日感情、東アジアの歴史対立と和解を地域の歴史を踏まえて考える、という2つのネタ(いつものネタ)を組み合わせて報告。会の宣伝が不十分で参加者が少なかったが、(1)「旧植民地・被侵略国を歴史戦の相手とすることで植民地責任・戦争責任が免除される構造」「日韓が両方でアメリカに審判役を頼むことによりアメリカの戦争責任が免除される構造」などの矛盾の連鎖をしてきしたのはさすが。(2)安倍首相談話が「戦った相手に復興を助けてもらった」として言及するのは米豪など西側諸国だけであるように、この談話は第一義的にはアメリカおよび西側諸国に向けられておりアジアに向けられてはいない点、(2)日本の現政権やウルトラナショナリストにおける対米従属の内面化、などなど他の報告や討議からいろいろ学ぶことが出来た。

2日は神戸大付属中等教育学校の地理基礎・歴史基礎の公開授業とシンポジウム。急坂の上の学校まで、阪急御影駅から歩いて登ったらものすごく疲れた。地理基礎だけでなく前年はまだまとまっていなかった歴史基礎も、だいぶ授業の進め方がまとまってきた感じ。しかし「普通の高校」でこういう封に予習やグループ学習がうまくできるかどうか、という感想は、多くの参加者の先生方が抱いたようす。
シンポの方での私の方向は、歴史基礎(歴史総合)を教える教員の考え方について述べたもので、「世界史B・日本史Bの一部を取り出す形の授業は成り立たない」ことの強調と、数学・理科の定理や公式、英語の文型にあたるようなレベルで、歴史学の論理と歴史のパターンを定式化しておく必要について述べた。
歴史学の論理というのはたとえば「同じ言葉でも時代が違えば意味・用法が違う」「教科書(歴史叙述)に用いられる用語には史料用語と研究者の用語が混在する」、歴史のパターンというのは「内政がうまくいかない為政者は外交や対外戦争でポイントを稼ごうとする」「極端な格差社会では戦争が貧困救済の機会になりがちである」などというものである。「基本文型100選」「200の公式」などの形でこういうのをまとめておくことは、もちろん「その暗記がすべて」となってはいけないに決まっているが、「何が身につくか」が漠然としか語られない歴史教育(大学も!)の現状を改善するうえでは有効だろう。それは、アクティブ・ラーニング主体の授業における知識だけでない評価基準の明確化にもつながっていることは言うまでもない。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR