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西洋中心史観を批判するパターン(2)

(前の記事からつづく)
より理論的なアプローチもよくおこなわれる。
1.上記の5と重なるが、「近代化」の内容・意義をとらえ直すことにより、「進んだヨーロッパ」という常識をひっくり返そうとする方法。
2.また、ヨーロッパ-アジアなどの比較の枠組みの虚偽性を問題にすることもある。

1にはさまざまな反近代主義のほか、「資本主義」を基準にすることを拒否したフランク「リオリエント」なども含まれるだろう。2には観念を扱うサイードだけでなく、「北西ヨーロッパでもイングランドでもなくフランスとロシアの」「政治・文化統合」を比較の題材にしたリーバーマンなども含まれる。

事実レベルにせよ理論的問題にせよ、きちんと考えないと議論にならないのは、「近代」「近代性 Modernity」「近代化」とはなにかということである。近代性とは資本主義のことか(では資本主義とはなにか)、工業化のことか、それとも市民社会か、はたまた国民国家のことか? あるいはどれか単一の要素に還元できない諸要素の複合体か? そして近代化とは「良いこと」「必然的なできごと」と言えるのか?(つづく)
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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