西洋中心史観を批判するおもなパターン

23日は日曜出勤で「10月決戦」第4戦のグローバルヒストリーに関する研究会(立命館APUの藤田加代子さんを代表とする科研研究会を阪大で開催)。珍しく30人近い人が集まった。

話題は「リーバーマン批判」のはずだったが、スピーカーのRavi Palat先生(歴史社会学者)が話したのは、ヨーロッパ中心史観をどう乗り越えるかというより一般的な問題だった。私と大橋厚子氏がコメント。

ヨーロッパ中心史観批判はもちろん、世界史教育や「東洋史学」にとっても基本的な問題である。ここで、当日おこなったコメントに一部修正を加え、その基本パターンを整理しておこう。まず事実認識について、
1.ヨーロッパ史はしばしば古代(ギリシャ・ローマ)・中世からすでに、他地域にない独特の性格をもち、その内在的な発展により必然的な近代化がおこったと主張する。これに対し、古代・中世ヨーロッパの先進性・独自性や近代への連続性を否定する方法がある。
2.かつてはルネサンスと宗教改革で近代が始まるかのような説がまことしやかに語られた(ではフランス革命はなぜ必要だった?)。これに対し、ヨーロッパの近代化(離陸)、アジアなど他の世界との決定的な分岐の時期をなるべく遅く見る方法がよく使われる。
3.1と関連するが、ヨーロッパの近代化(特に資本主義化や工業化)が、新大陸での富の獲得などの外在的・偶発的な要因でおこったことを強調する論法もよく見られる。
1~3とも、たいていアジアの一地域ないし全体が、ある時期まではヨーロッパより進んでいたとか劣らなかったという主張とセットになる。

4.より複雑な方法として、ヨーロッパの「近代化」と資本主義や世界支配が、巨大な負の側面をもつことはもちろん、自分自身をやがては破壊するような矛盾をもって展開したことを示す方法がある。
5.より長期的視野で21世紀まで見通せばヨーロッパの優越は一時的現象にすぎない、または少なくともヨーロッパモデルだけが近代化の方法ではないということを、「東アジアの奇跡」などにもとづいて主張する方法も、20世紀末以降にはよく見られる。

1-3が古代~近世の側からしかできないのに対し、4の議論は近現代史そのものについての議論であり、5は近世から21世紀までをつなげて考える点に特徴がある。

1についてジャネット・アブー=ルゴド、2・3についてポメランツ、4についてウオーラーステイン、5についてフランクなどの有名な著作を思い出す方も多いだろう。リーバーマンも独自の方法で、1と2に取り組んでいる(つづく)。

終了後の飲み会で
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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