『漢喃雑誌』最新号

大ハノイ市の李陳碑文に書かれている当時の地名の紹介など、李陳時代に関する面白い論文が並んでいる。
しかし例によって漢文の原史料をきちんと読まず、史料批判もしない、それから中国の制度などを全然知らないで的外れなことを書く、などをやらかしている論文も見られる。
ベトナムを指す交阯(交趾)を交止と書くようでは、この雑誌の恥である。

そういうのをやっつけてやろうと思って、論文に引かれた「祝聖報恩寺碑文」を碑文集で見たら、なんと自分の研究書でわりと大きな見逃しをしていたのを発見してしまった、
それで論旨が崩壊とかはしないが(むしろ碑文が後代の作であることを疑わせる内容が含まれる)、それでも私の目が節穴だったことに変わりはない。汗、涙。。。

で、がっかりしているところにFBの友人からの情報。ベトナムのさる都城遺跡について、日本の中国人考古学者が日中越合同のシンポを開催したのだが、ベトナム人の論文の日本語(中国語?)訳で地名などの漢字がデタラメに復元されていたとこのこと。ベトナム人は漢字が読める人でも史料は現代ベトナム語訳で読むのが普通で原文は頭に入っていないので、地名などを漢字で書かねばならなくなった際に当て推量で間違った漢字を書くことがきわめてよくある。いっぽう中国人や日本人でベトナム語を知らない人は、ベトナム人の間違いを鵜呑みにしたり、あるいはベトナムの漢字発音など調べずにタモリの中国語みたいな調子で適当な漢字を当ててしまうことが珍しくない。

こういうことではいけない、高度の学術交流にならない、と両方がわかっている日本の学者は主張しなければならない。
もちろん上から目線での一方的批判はいけない。が、漢文の例ではないが亡くなった西村昌也さんなど、相手と信頼関係を築いたうえで、ベトナム人考古学者の方法論にはずいぶん厳しいことを言っていた。

で、最後はいつもの話。こういうことをきちんとするには、ベトナム古代学や歴史学の研究者の人数が全然足りない。
「自由に」メジャーな分野ばかり選ぶ学生・院生に対しても、必要性の高い人材が雇われない人文系の仕組みにも、私の苛立ちは募る。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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