ベトナムでのウォーラーステイン理論の紹介

ベトナムから届いた『歴史研究』誌469号(2015年5号)に、
Nguyễn Khắc Nam, Tiến trình lịch sử quan hệ quốc tế trong Thuyết Hệ thống thế giới của Immanuel Wallerstein(イマニュエル・うウォーラーステインの世界システム論における国際関係史の進化過程)という論文が載っている。
著者はハノイ社会人文科学大学の国際学学部の準教授だそうだ。
この雑誌にウォーラーステインが紹介されるのは初めてではないかと思われる。
ちなみにベトナムで国際学(quốc tế học)ないし国際関係学というのは、ドイモイ後に現れた新しい学問分野である。

著者によれば、従来の国際関係史の進化過程のとらえかたには、周期的な闘争を軸にとらえるマルクス主義や古典的リアリズム、新自由主義や主観の連環の発展を見る構築主義など一直線の発展を見る理論、進化そのものを否定し歴史に絶え間ない断絶を見出すポストモダンの理論、それにシステムの発展を見出すネオ・リアリズムやウォーラーステイン理論などがある。そのどれもが一長一短があり、すべてを包括する理論はない、というあたり、「マルクス・レーニン主義とホーチミン思想」を正統とするベトナムでもこういうことが書けるのかと感心した(中心・周辺論などを階級中心でなく国家単位でする点は、マルクスよりレーニンに近いなどという指摘もある)。ちなみにウォーラーステイン理論の成立過程は、従属理論の上にマルクス主義やブローデルの理解なども取り込んだものと説明される。

著者は欧米の国際関係論の参考書を使いながらこの論文を書いているようだが、日本の歴史学で紹介されているのとは違った論じ方もみられる。国家間の変動(各国の努力?)で中心・周辺・半周辺の位置が変わるとする点、覇権国家(経済面でなく政治的に理解しているようだ)が常に存在したように述べる点、周辺が強制的に包摂されることやその結果おこる低開発と政治的な遅れについてほとんど述べない点(述べているのは先進国との間で不等価交換を強いられる点と資本蓄積が不可能で労働集約型になる点だけ)、そもそもラテンアメリカとアフリカに言及しない点などは、日本の歴史学者の批判を浴びそうである。国際関係論の視点に加えて、ベトナムがリスクを冒しても国際経済への再統合を果たさねばならないという国家方針が、このへんに反映しているということだろう。

他方、経済ですべてを説明して、国際関係における安全保障とかイデオロギー闘争などの役割を軽視しているという批判は、もっともな気がする。世界システム以前の国際関係が説明できない、近代史が欧米中心にしか説明できなくなっている、などと批判する点も、日本歴史学者がいかにも賛成しそうだが、しかしそれは、どちらもウオーラーステインは「自分はそちら側から見たのであって、他人が違う見方をするのを否定したわけではない」という反論はやはりできそうな気もする。
著者はグローバルヒストリーをめざす動きも肯定的に書いているが、具体的な論述はなかった。

いずれにせよ、専門用語や概念をベトナム語でこう訳すのかという知識を含め、面白い論文である。





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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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