ここは日本だ、歴史というのは日本史に決まっている?

『歴史評論』2015年10月号は「特集 古代地域社会論の再構築」。
英文目次ではReconsidering Local Community in Ancient Japanと日本の話であることが明示されるが、日本語では不要だと考えているらしい。
岩波講座日本史の月報はじめ、何度も指摘してきたが、日本史専門でない歴史学一般の雑誌がこういうことをしていいのだろうか。「ここは日本だ。歴史といえば日本史に決まっているだろう」と言うつもりだろうか。
申し訳ないが、私はそういう人がウルトラナショナリストと闘えるとは思わない。

特集の中身について言っているのではない。かたちと姿勢の問題である。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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