解釈改憲の日本史

前にも書いたが繰り返す。

とにかくこれで憲法の地位は、承久の変後の律令制のような状況になるのだろう(鎌倉幕府成立でいきなりそうなったのではない)。

ただし日本の武家政権は律令制を廃止できなかったので、形式上それは明治維新まで続く。そして、律令制に対する「解釈改憲」の歴史をもっとも遠くまで進めた徳川幕府は、武威をよりどころとする武家政権でありながら、200年間対外戦争をしないという世界史上に例のない事態を現出させた。
それはもちろん権力者の「積極的平和主義」でそうなったわけではなく、戦国時代の長い殺し合いの末に全国・全階層を覆った平和への希求が土台にあったたするのが、現在の学界の有力な理解だろう。この歴史を現在の事態にどう活かすか、歴史学と歴史教育の智慧の見せ所ではないか。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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