鶴見俊輔氏死去

毎日の追悼記事によると
「人間の究極の問題として、自分がまちがっているという可能性は。科学的に考えて排除することはできないというのが、基本的な考えです」
人間はしばしば間違う。ただ一つの正解や普遍性を前提にして考え、活動するのは自分にはできないといっている。正しいことへの「純粋な心情」が。「ウルトラ」に行きつくことの危うさを冷静に見つめた。

現代日本の大きな課題を問うと、「ひたすら正解だけをもとめる明治以来の教育制度である」と何回となく返ってきた。

などとある。
私のような凡人は、こういう偉い人が自分と同じことを言っているのを知ると喜んでしまうものだ。

また私がこういう考えをアメリカ留学帰りの父親からたたき込まれたとすると、それがアメリカ精神なのだろう。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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