集団的自衛権に付随して何が必要になるか?

いつもの変化球(変化球です! しかし直球だけで倒せる敵でしょうか?)。
日本に一流の国際諜報能力があれば、集団的自衛権も(あれこれ言い訳しなくたって)いいかもしれない。でもそれって、もともと弱いものを戦後アメリカに意図的に能力を奪われて、世にもお粗末な状態なんだから、このまま集団的自衛権の行使なんかしたら、思わぬ事態になって「国際情勢は複雑怪奇」といって内閣総辞職、とかに本当になりかねない。あ、今の政府なら戦前並みの責任感もないから、「想定外」と開き直って、総辞職なんかしないか。

そこをレベルアップするには、100年かかるだろう。100年かかるものを10年に短縮したかったら、外国語大学(学部)の予算を2桁増やすこと。そして西洋諸語以外に優秀な学生が行くように政策誘導すること。だって今の外務省や法務省の能力で、南シナ海で中国とベトナムが衝突した場合に、ベトナム側のまともな情報収集なんか無理ですよ。アメリカがなんでも情報をくれる? そういうの考えを平和ボケという。しかもアメリカのベトナム理解も水準が低下してるし。つまり、まともに日本の自衛を考えたら、ここで集団的自衛権というのは、危険すぎてできないのです。 
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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