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日本人の歴史認識における中韓と東南アジアの落差

今朝の毎日新聞2面コラム「風知草」。
安倍首相の米議会演説についてだが、第二次世界大戦中のアジア諸国への日本の関わりの多様性--したがって日本として行うべき「反省」や「謝罪」のあるべき姿の多様性--について述べている。

それはもっともなのだが、以下の書き方はいかがなものか。
「インドは対英独立闘争の過程で日本の協力に期待した側面がある。インドネシア、ミャンマー、マレーシア、ベトナムなどは独立運動もまだ微弱な、欧州列強の植民地だった」(中国や韓国は違う、その苦痛から日本は目を背けるべきでない、という論旨)

私は高校の先生によく、「皆さんが(無神経に)やっている世界史教育は、東南アジアに韓国や中国みたいな政府があったら、即外交問題になるような問題をたくさん含んでいるんですよ」と言う。

新聞記者というのも、高校教員に劣らず物知りでなければならないはずだが、このコラムを書いた人は、是非は別として、上の表現が現在のベトナム政府の歴史認識を正面から否定するものであることは、わかっているだろうか?
(ヒント)知らない人は、「ベトミン」「8月革命」などのキーワードで調べて見てほしい

右翼はもちろんだが、日本の「良識派」がしばしば、韓国や中国との関係を重視するあまり、東南アジアを馬鹿にした表現を平気でするのは、困ったことだ。

同じ2面に載っている「制定過程をたどる日本国憲法2 天皇守った「象徴性」」は、天皇制の存続と引き替えにGHQが憲法改正案の受け入れを迫ったという「押しつけ憲法論」に対して、天皇を(戦犯裁判から)守ることが日本政府にとっても最大の課題だったことを説明している。これを現在の問題に敷衍すると、現在の右派の改憲論は、自分たちの権力に比べれば「天皇制」などどうでもいい、と思っているということにもなるだろう。なお強力な権威主義政権のリーダーが王政を軽んじるというのは、タイ史でよく見られるパターンかと思われる。





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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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