教養歴史教育に関する東大シンポ

東大シンポは東北大や宮城県の先生など、いろんな人に会えてよかった。韓国の鄭在貞先生は東北アジア財団におられた2009年にお会いした方だった、台湾の大学の一般教育(通識教育)の問題も興味深かった。日本史の桜井英治さんが論点を明確化するためにわざと「専門研究の成果を話したい教員」の立場でコメントしてくれたのも有益だった。卒業生で外務省勤務のNさんも飲み会に来てくれて元気な近況を聞くことが出来た。

台湾でも韓国でも、教養教育の仕組みはどんどん変わっているが、韓国でも教養課程の歴史系科目の内容はバラバラ、長老教授以外はやりたがらないなど、日本と共通の問題点があるようだ。ただし人文系の危機の中で、韓国史検定を大規模に実施し、その成績を財閥系大企業の入社試験に取り入れさせるなどの取り組みもおこなわれたとか。高校「東アジア史」に関する質問も出たが、教科書が17万部売れたとかで、それは「世界史」の履修者数よりだいぶん多いらしい。

飲み会で日本中世史の桜井英治さんが言われていた論点。一次史料だけ読んでいればいいということにならない場合の、良い二次史料を選んで正確に読み取る訓練。グローバルヒストリーもこれなしには成り立たない。その訓練を歴史学全般で意識的にやるべきだろう。

もう一つの論点。歴史は対象の性格上、アマチュアでも「解釈」することができる。理系のある種の学問のように、一定の訓練をした人でないと触れることすらできない世界というのではない。つまり「素人談義」の存在を排除できない。それは趣味でする場合だけではない。「勝手な解釈」をするのは、政治化や財界人から意味も分からず暗記をさせられている高校生まで同じことである。それを「放っておけ」と無視するか、「見ておれない」と声をかけるか、そこが問題なのだ。

静岡から見えた黒川さんの発言。教育学部を出て小中学校の先生になる学生たちは、教員免許の単位要件の問題もあって、歴史そのものの知識は非常に少ない。これは高校教員がもともとの専門以外の科目を教える(たとえば世界史の教員が日本史や地理を教える)場合も同じであろう。そういう学生のためにコンパクトで正確な知識(や必要な場合の調べ方)を教えておかないと、大変なことがおこりかねない。シンポではそこまで言えなかったが、まず学ばせるべきは(小さな大学でも設置すべきは)、阪大で勧めている「市民のための世界史と歴史学方法論講義、歴史教育研究会の3点セット」のような共通基礎科目であって、特殊講義はそれに上積みするかたちで聞かせる(開講する)べきものだ、という考えを徹底させたい。教員の専門性を先に考えて科目設定をしたり、学生の興味にまかせたランダムな履修をさせるのは正しくない。

これを含め、教員養成の問題点について、今回の主催者は(テーマそのものは「歴史的教養」なので)あまり意識しておられなかったようだが、阪大の「市民のための世界史」が一般学生への教養教育を表に出しながら、教員志望の学生を第二のターゲットにしているように、両者は密接な関係がある。その認識が共有されたとすれば、ひとつの成果だろう。

『市民のための世界史』を通じて、大学レベルの教科書・教材作りの必要にふれた発言者が多かったのも収穫だろう。この関連で、比較ジェンダー史研究会の出版+HPのことも紹介しておいた。

シンポで出た質問のひとつは、「自分の独自の研究成果を話す欲求の強い大学教員を、こうした概論の方に向ける方法はなにか」というもの。また飲み会では、「どうしてそこまでやれるのか、本業を犠牲にしているという意識はないか」という質問も受けた。私だってもちろんベトナム中世の話をしたいのだが、同時に研究者・知識人は「世界を語る」欲望をもつはずである、そこに訴えることが有効だろうと、シンポでは答えた。くわえて阪大のケースから考えると、系統的な教員採用人事(「世界を語る」のに近いところにいる世界システム論やシルクロード史など)と、個々バラバラな授業にさせない司令塔の存在が大事だと言っておいた。飲み会では、「ある先生がいなくなったらオシマイ、とならないような組織と後継者育成が必要だ」という話もした。

そして強調したのが、一過性の取り組みならやらない方がましで、一定期間継続して取り組んではじめて効果が出る、しかも「一生それしかやらない」というとではなくても、「個別研究の片手間」ではない人間がいなければならない、ということである。その場では言わなかったが、プロ野球の経営を見ればそのことが明らかである。親会社が自社の宣伝のためとしか考えていなくて、球団社長などは本社から特に適正・専門性を考えずに送り込む。送り込まれた人物は野球と野球界に特に詳しいわけでもなく、数年の任期が終われば本社に戻っていく。こういうことを平気でやっている親会社のもとで、球団経営がうまくいくことは稀だろう。大学における教養教育や高大連携の問題もまったく同じである。せっかく阪大から行ったS山君もいることだから、駒場ではぜひこの取り組みを続けてほしい。東大が変わればインパクトは大きい。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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