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ピケティ現象を読む

毎日新聞朝刊の特集。若田部昌純早稲田大学教授と、佐藤観樹東大教授が分析する。
佐藤氏の説明が面白かった。

『21世紀の資本』の明快なメッセージは、富の分配のあり方は主に政治的なもので、経済の仕組みで決まっているのではないと言い切った点にあるとする。

>「関係するアクターすべての共同の産物なのだ」。分かりやすくいえば、自分以外の誰か、ではなく、自分も含めたみんなが決めているのだ、と。その潔さが強烈な印象を残します。
 こういう味方って、以外に珍しいんです。例えば経済学者なら、経済の仕組みで決まるとする。市場が最も効率的なのだから市場での対価や報酬で決めろ、とか。マルクス主義なら、経済的な構造による階級で全てが決まる。
 逆に、超政治的というか、陰謀説じみたものも少なくない。ごく一部の人間たちの都合で富の分配が決められているみたいな話です。
 この二つ、一見対極的ですが、実は大きな共通点があります。自分以外の誰かが決めている、とする点です。だから、被害者にはなっても、責任者にはならない。自己責任の話でも同じです。自己責任の仕組みにしている責任は問わない。
 そういう見方はしなかった。それがこの本の一番大きな特徴ではないでしょうか(中略)。

 100年単位で長期的な変化を見ているので、信頼できるデータは大体、国家単位になるのですが、逆にいえば、みんなで決める単位に注目することで、大きな歴史の流れを客観的な数値でうまくとらえた。
 それによって、自分たちがどうういう歴史の中にいるのかを目に見えるようにした。それがこの本のもう一つの大きな魅力になっています...

教養学部の先生はさすがにうまい説明をする。21日に駒場で教養歴史教育のシンポがあって私も報告するのだが、こういうとらえ方は教養としての歴史に必要なものだろう。

ほかにも今朝の毎日は、児玉源太郎の直筆資料の発見(記者の目)、勝間和代のクロストーク「差別表現は規制すべきか」など、読むべき記事が少なくなかった。
後者で紹介する「エリオット先生の差別体験授業」は、1968年に米国アイオワ州でおこなわれたもので、ある日クラスの青い目の生徒を茶色い目の生徒より優遇して後者を差別する(そうすると青い目の生徒はそれに乗っていじめを始める)、ところが翌日は「やっぱり茶色い目の方が優れている」と態度を逆転させる、それによって差別する側、される側の両方の立場と気持ちを理解させるというものだそうだ。これも参考になる。

外国人観光客の急増で東京や大阪のビジネスホテルは予約が取りにくくなっているが旅館はまだ稼働率が低い、しかし池袋の隣の椎名町駅から徒歩10分を要する(ちっとも便利な場所ではないし特別に和の趣があるわけではない)旅館が外国人宿泊者に絶賛されているというコラム「水説」の内容も面白かった。あるニュージーランド人は「駅から10分歩くと日本人の本当の暮らしがよくわかる」と書いた。親身のサービスと飾らない雰囲気に客同士の情報交換や交流も自然と進む。こういう宿を求める外国人はたくさんいるだろう。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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