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「テロに屈しない」とはどういうことかわかっているのか?

安倍政権はイスラム国の日本人人質事件で、「テロに屈するな」という強硬派の世論が高まるのを期待しているのだろう。しかしFBで友達のHさんが以下のように書いている。

>親戚の右寄りの人に電話をして(ほぼ、日本のある一定層の人々の意見が聞けるので)みると、「テロに屈してはいけない」の一点張りであった。イスラム国が何かも知らない、中東の事情も何も知らない、今回の件については11月に日本政府が日本人が人質になっていることを知っていたこと、それを知った上で、このような発言であった。
 この分かりやすいフレーズ、「テロに屈しない」は、大衆コントロールの一言になっている。しかしながら、実際にテロにどう対処するのかの、具体的なイメージは何もない。
 そこで、「日本ではスーパーマーケットでも、何のチェックもないし、路上で品物を出している商店も普通にある。また、鉄道などに乗るときに荷物のチェックもない、これは日本だけしか知らない人は『当たり前』でしょうが、中国などはそんな風にはなっていない。つまり、日本では、やろうと思えば、テロは、比較的簡単にできるようになっている」と言ったら、驚いていた。
 そしたら、態度が180度変わり、「お前が日本でそれを言うべきだ」という話になった。「テロと闘う」といっても、実はこの程度である。そして、実際は既にテロの対象になったのであるから、元の日本国憲法の精神に帰らなければ、お互いに信用しないのが当たり前で、徹底的なチェックをするシステムを今後構築しなければならない。恐らく、これはほとんど不可能だろう。つまり、テロの餌食になっていくだけである。(ここまでFBの引用)

北京の地下鉄駅では、改札口の前に手荷物検査の機械があったはずだ。たとえばラッシュアワーにはそれぞれの路線で1時間あたり10万人とかが乗り降りする日本の東京都心の各駅で、乗客全員の手荷物検査を出来るんだろうか。それは日本経済のマヒにつながらないだろうか。もうひとつ、いくら機械化や住民の相互監視が進んでも、人口密度が高い日本でくまなく監視をするには警察などの要員が全然足りないだろう。今でも国家財政は大赤字なのに、その費用はどこから出るのだろう。中国が超監視を維持できているといっても、財政の仕組みが全然違うだろう。

「集団的自衛権」をはじめとする現政権の路線は、一方でまともな情報機関がないこと、他方でこういう社会をどう物理的にコントロールするか考えていない点の両方で破綻している。それは全然、右か左かとか愛国心があるかないかという思想の問題ではなく、ものを考えるかどうかの問題だろう。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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