ベトナム8月革命

中国報告もまだ書くべきことがたくさんあるのだが、今日はお休みしてベトナムの話題。

昨日書いた通り、9月2日がベトナムの独立記念日なのだが、それは日本の高校世界史でもしばしば取り上げられるように、1945年9月2日にホー・チ・ミンがベトナム民主共和国独立を宣言したことによる(筋金入りのコミンテルン活動家のホー・チ・ミンが、「ブルジョワ革命」の象徴であるアメリカ合衆国独立宣言やフランス革命の人権宣言を冒頭に引いたこのユニークな独立宣言は、日本の大学入試にも何度か出題されている)。周知の通り、ホー・チ・ミンらは「ベトミン」を率いて抗日ゲリラ活動を展開しており、日本の降伏の情報を入手すると8月13日に「タンチャオ国民大会」を開いて総蜂起を決定、19日には実際に総蜂起してまもなく全土の大半を掌握(3月に日本軍の「仏印武力処理」の結果、フエで対仏独立を宣言していたグエン朝のバオダイ帝も退位に同意)、9月2日に独立を宣言したものである。ベトナム史ではこれを「8月革命」と呼ぶ。

昨年、ハノイで開かれた独立65周年記念式典での、グエン・ミン・チエット国家主席の挨拶
P1010101チエット主席挨拶

このときの式典は、独立とその後の南部解放闘争や国家建設をふりかえる歌や踊り、映像などがメインで、「偉いさんの挨拶」はチェット主席だけだった(ほかに若者代表と老人代表のスピーチ)
P1010098.jpg

ホー・チ・ミン主席のおもしろいところは生前にもたくさんあったが、何度もふれている通り、ベトナムがドイモイ(刷新)政策で市場経済化を推進しても、ソ連型社会主義を建設したはずのホー主席が少しも批判されないところは、とびきりユニークである(中国が改革開放政策を導入する際には、毛沢東は「功績7分、誤り3分」とされた)。それどころか、ドイモイ後のベトナムでは「ホーおじさん」は、社会主義の指導者というよりは民族の神様として崇敬されている。どうしてか、興味はありませんか?

ハノイの国家主席官邸(旧フランス領インドシナ総督府)の敷地内にあるホー主席の住居
SANY0136.jpg

タイビン省の神社の境内でホー主席を祭ったお堂
49本堂左のデントー・バック

このへんも含めて、ベトナムの「社会主義」はユニークだ。
現在の市場経済化や日本からの原発導入計画もそうである。
それら自体の賛否は別として、「こんなの社会主義じゃない」と怒る日本人(ベトナム反戦運動の元活動家などにたくさんいる)は正しくないというのが、私の見解である。そういう人がいくら主観的に「民主主義を貫く社会主義」などと言っても、「なにが社会主義か」という点ではスターリンや毛沢東から抜け出ていない。言い換えれば、「弁証法的唯物論」も「史的唯物論」も非常に矮小な形でしか理解していない。2日のズンさんの講演会に来て、冷静にベトナムの現状とベトナム人の理屈を聞いてほしい。

自分の古い夢をベトナムに押しつける旧世代と、社会主義などいっさい関心がなく「金儲けと反中国」だけでベトナムに進出する「新しい多数派」ばかりでは、ベトナムに失礼というものである。相手の政策への賛否の前に、相手の尊厳を認めることと、相手の置かれた状況の理解がこなければならない。



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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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